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森喜朗氏の置き土産を生かし 男性と一緒にジェンダー平等社会を作ろう(2021年4月9日掲載) 音声読み上げ


ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ


ジェンダー炎上事例が増えています。直近では、「女性が多い会議は長引く」という森喜朗元首相の発言、東京オリンピック開会式における女性タレントに対する差別的な演出アイデア、テレビ朝日・報道ステーションのPR動画、Twitterの鍵アカウントで男性研究者が女性研究者を中傷していた事例などがあります。

このような事例を並べると「相変わらず、ジェンダーの知識が浸透していなくて、ダメだなあ」と思うかもしれません。ただ、私は逆の感想を持っています。ひと昔前なら受容されたり、無視されたりしていた出来事を、多くの人が気に留めて、おかしいことには「おかしい」と言うようになった、と思うからです。異議申し立ての方法としてTwitterなどSNSの普及も大きいでしょう。

顕在化する問題が増えるのは、社会が悪くなっているからというより、意識が向上したから、という因果関係は他の分野でも当てはまります。例えば児童虐待。子どもを叩くことを「しつけ」と考える社会では、虐待の通報はあまり多くないでしょう。一方で体罰は虐待である、という意識を多くの人が持っていたら、通報は増えるはずです。

同じように考えると、より多くの人がジェンダー視点を持つようになったことで、炎上事例が増えた、と考えられます。実際、私の周囲では、女性だけでなく、男性でジェンダー問題に意見を述べ、おかしいことを批判する人が増えています。ある大企業の役員はごく少数のやり取りで、森氏の発言を「同じ男性として情けなく恥ずかしい」と述べました。こんな風に怒ってくれる人を見て、私も異議申し立てをしていいのだ、と思うと励まされました。

男性社会を象徴する存在である森氏が、意思決定の場から女性を排除するかのような発言をして、それに違和感、苛立ち、怒りを覚えた男性が黙っていられなくなる――一連の流れが私には「森喜朗氏の置き土産」に見えるのです。

数週間前には、長年国際機関で働いてきた男性と、友人と一緒にFacebookのメッセンジャー電話で話をしました。彼は日本の官公庁の構造も熟知しており、国内外を比べて「日本はこのままではいけない」と強い危機意識を持っていました。近々一緒に音声SNSのClubhouseを使ってトークイベントをやろうと企画しています。

女性採用を増やしたい、という大手企業の人事部門男性の相談に乗ることもあります。彼らに共通するのは「このままでは、まずい」という危機意識です。今のままでは日本が持続可能ではなく、自分の組織はもたない、と考えているのです。

そんな中で嬉しかったのは、ある大企業管理職男性が、私の本を読んだ後「お皿洗いを始めました」と言ってくれたことです。この方はひとり大黒柱で、主婦の妻と子ども3人を養っています。自分自身は男性片働きだけれど、娘が将来、能力を生かし活躍できる社会になってほしい、と思っているそうです。このように、子どものために良い未来を、と考えてジェンダー問題に関心を示す男性は珍しくありません。

この原稿を執筆しているのは3月29日です。明日の夜は、広告会社社長と一緒に、ジェンダーやダイバーシティなど「モラル」について考える対談イベントをやります。この社長さんは、東京都心部の一等地にオフィスを構え、たくさんのクリエイターを社員に抱える若き成功者です。私が社員研修で講師を務めたのを機に、意見交換をしています。

どうしてジェンダー問題に関心を持ったのか尋ねたところ、お付き合いしている女性の影響が大きい、と話してくれました。また、ご自身の過去を振り返り、反省点についても率直に話してくれます。ビジネスで成功し、次世代のロールモデルになるような男性が「モラル」を大事にし「広告は人の前に無理やり現れるから、傷つけるような表現はいけない」と言う様子は清々しいです。

このようなコラム連載をしている私自身、若い頃はジェンダー視点がありませんでした。法制度は男女平等になっていたものの、企業の採用慣行には性差別が残っていた時代を生き抜きながら、自然と発想が「男性的」になっていたと思います。30歳前後の私が何かを企画したら、それがジェンダー炎上していたかもしれません。

自分自身は若い女性として侮られたくない!と肩ひじ張って仕事をしていたのに、取材先企業の会議室で男性と女性が入ってきたら「社長は男性」と思い込んでしまい、間違いに気づいて恥ずかしい思いをしたこともあります。今、大学でも企業でも男女共同参画、ジェンダー平等、ダイバーシティと言われますが、もし自分が男性だったら時代の変化についていけたか自信がありません。

ですから私が提案したいのは、女性と男性が一緒にジェンダー平等について考え、話し合い、現状を変える具体的な行動を起こすことです。男女共同参画のイベントを企画する時は、スピーカーに男性も入れるべきだと思うし、できれば1人きりではなく複数いた方が発言しやすいです。

ジェンダーとは「女性」だけを指すのではなく、社会的文化的性差のことです。女性の社会的な役割が大きく変わりつつある今、男性も一緒に変わる必要があります。今年度、何か企画をする際は、男女共に議論できるようなテーマ設定、このテーマで語れる人は男女それぞれ何人いるか、考えてみて下さい。


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