【北海道ブロック】
未就学の子どもを育てる共働きカップルの役割分担 ―料理からはじまる生活体験談―(2020年9月2日掲載) 音声読み上げ
北海道大学教育学研究院 学術研究員・専門研究員 孫詩彧
役割研究の多くは夫妻間の「平等な分担」を念頭に議論しているのに対して、私の研究結果は「そもそも役割の分担・調整が可能か」へと注目を促しています。ここでは、家庭内役割=家事育児の一つである料理を中心に、私自身の生活に触れながら研究のことについて話したいと思います。
人は毎日ご飯を食べます。料理作りが好きな人もいれば、面倒くさがる人もいます。私は前者のほうで、よく作ってきたので料理の腕にも自信があります。それでも1人暮らしで3本入りのニンジンを1袋買うと、私がウサギのように毎日ニンジンを食べるか、ニンジンが冷蔵庫の隅っこでしぼんでいくか、という二者択一の局面になってしまいます。料理はやりくりの工夫や手間が必要です。また、食事は体調管理の面からも大事ですが、そもそも勉強や研究が忙しい時にはなかなか余裕をもって作ることができません。こうして料理も家事育児の遂行も人それぞれの腕・工夫・余裕次第で変わります。
では2人暮らしになるとどうでしょう。分担ができる意味で少しは楽になるようです。
私の研究では、共働きカップルの役割分担・調整になにが起こっているかを明らかにするため、夫と妻にそれぞれインタビューを行い、結婚・同居から調査時点までのプロセスを動態的に把握しました。調査から分かったのは、食材を増やすだけで1人分の食事作りより大した手間をかけなくても2人分の料理ができたり、2人とも作る気に時にならない時は外食やデリバリーを注文したりして、食欲がなければ1食を抜きにしても問題ないということです。このように子どもが生まれるまでのカップルにおいては、家事は繰延可能で、分担・代替もしやすい性格を示しています。
ところが子どもが生まれて3人や4人暮らしになると、2人暮らし時代ではそれほど目立たない要因の長期的な影響が見えるようになります。小さい子どもを持つカップルの就労が増えていく中で、家庭内役割の分担がこれまで以上に課題となります。実際、伝統的な性別分業に規定されない形で平等な役割分担ができているのは、子どものいないカップルのみという先行研究の結果があります。一般的に平等度が高いと思われる共働きカップルを対象にした私の調査も、家事育児は妻に偏っているという点ではこれまでの研究と同じ結果を得ています。ただこれは夫たちが非協力的だからとは限りません。私の研究では夫妻双方から聞き取った話を合わせると、子どもが生まれてから家事育児が妻に偏る原因は、(1)育児することで家庭内役割の性格が変化し、繰延と分担・代替ができなくなる、(2)夫妻は家事育児に関して同じ程度のスキル・経験・資源を得られていない、という2点にあります。
(1)について、子どもが生まれると規則正しくご飯を食べさせ、その成長や好き嫌いに合わせて料理を作ります。これによって家事育児の遂行は繰延不可能になるだけではなく、作業の量も増えて質を高く求められます。しかし共働きのカップルは、夫も妻も限られた時間で家事、育児、仕事を効率よくこなすために各々のペースで行動し、その役割遂行の実践が必ずしも同調しているわけではありません。
すると(2)について、そもそもカップルの片方が料理担当だったり、休業して一定期間家にいたりする場合、ひたすらその人がメニューを考えて買い物をすることから食材のやりくり・在庫管理、調味料の収納までして、調理もよくするので料理スキルがパートナーより高くなります。それに、片方が早く帰って子どもを迎え、ご飯を作りながら子どもの好きな食べ物や味付けなどもより詳しく知ることもよくあります。男女平等参画が推進されてフルタイム勤務の女性が増えたとしても、夫妻間でいうと早く帰宅できるのはいまだに妻の方が多いです。たびたび子どもに「ご飯がおいしい」と「指名」されて料理担当から降りられないことは、こうしたわずかな帰宅時間の差や料理スキルの差による長期的な影響を物語っています。
こうして子どもの誕生・成長に伴って共働きカップルの役割分担は調整されなくなり、「硬直化」している傾向は、私が東アジアをフィールドに行った調査では通文化的に確認されています。これからは役割分担の調整可能性に着目して議論を進めたいと思います。
(参考)
博士論文要旨『権力の観点から見る夫妻の役割分担―未就学の第1子を持つ共働き家庭に着目して―』北海道大学学術成果コレクション(HUSCAP)
URL: https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/78892