【北海道ブロック】
巡り合わせを大切に、工夫しながら仕事を楽しむ!(2020年9月16日掲載) 音声読み上げ
北海道大学 大学院歯学研究院 血管生物分子病理学教室 助教 間石 奈湖
私はがんに関する研究を行っています。現在の研究を行うことになったきっかけは、歯科医師として働いた臨床経験です。口は食べる、飲む、味わう、話す、そして見た目に関わることから、人間の生活や楽しみ、尊厳に重要な役割を果たしています。そのため、口腔領域のがんは、摂食・嚥下、構音などの機能障害や審美障害など、治癒後も著しいQOLの低下をもたらします。口腔がん治療に対して、臨床医として外科的治療や手術後の補綴治療に携わった経験から、もともと基礎研究に興味があったこともあり、研修医修了後は大学院に進学してがん研究を行うことにしました。がんが増大するためには栄養や酸素を運ぶための血管を必要とします。がん組織内に誘導された血管を腫瘍血管とよび、腫瘍血管を裏打ちする細胞を腫瘍血管内皮細胞といいます。私のボスである樋田京子先生はアメリカ留学時代に、腫瘍血管内皮細胞には染色体異常など様々な異常性があることを世界に先駆けて発見しました。ちょうど樋田先生が帰国後に特任教室を立ち上げたタイミングで大学院生としてお世話になることになり、腫瘍血管研究を開始しました。
私の研究テーマは、腫瘍血管内皮細胞によるがんの転移促進でした。腫瘍組織内で異常性を獲得した腫瘍血管内皮細胞が、分泌タンパクを介してがん細胞の血管内侵入を誘導し、がんの転移を促進するという内容です。とても独創的な切り口で新しい転移の機序を示した研究プロジェクトで、学会発表するたびに多くの方に興味を持っていただきました。この研究を通して多くの研究者との出会いに恵まれたのは財産です。また、このテーマで学会賞を多数受賞したことから、自分が携わった研究が評価されることへのやりがいも感じました。
研究の面白さに魅入られて、大学院卒業後も基礎研究を続けることにしました。ボスの異動に伴い、初めは特任教室、次は附置研究所、そして現在の歯学部へと異動しました。特任教室や附置研究所ではエフォートの多くが研究ですが、2年前から所属している現在の病理学教室では、研究と共に学部生の教育と病理診断も行います。学部教育では、自分の学生時代にはなかったアクティブラーニングやバーチャルスライドを用いた病理実習などがあり、大変ですがとても新鮮です。また、口腔領域の病理診断、さらに剖検(病理解剖)をイチから勉強し始めることになり、すっかり仕事のペースが変わりました。研究に費やす時間が減少した一方で、新たなことを学ぶ楽しさや病理学を広い視野で考えられるようになること、学んだことを自身の研究に生かすなど得られるものも大きいと感じています。
がん研究の分野ではまだ女性研究者がそれほど多くありません。私は初めから女性の上司のもとで働いてきましたが、女性ならではのラボメンバーや共同研究者とのコミュニケーションやラボ運営のやり方など、ロールモデルを間近で見ることに恵まれました。さらに出産育児との両立についても理解があるのは大変助かります。
若い頃はキリが良くなるまでやりきってから帰宅するということができましたが、小さい子がいると大学で働ける時間には限りがあります。大学では大学でしかできないことをやり、家でもできるデスクワークは子供を寝かしつけた後に行う、全自動洗濯機やお掃除ロボットの導入など、文明の利器にも頼りながら時間の使い方を工夫するようになりました。遅くまで職場に残れないため、不足しがちなラボメンバーとのコミュニケーションは、メールやLINEを活用して補う努力をしています。最近では新型コロナウイルスの影響により、オンライン会議やオンライン学会が増えました。デメリットもありますが、子供の看病で休まざるを得なかった会議に自宅から参加したり、参加を断念していた学会に参加する機会が得られるなどメリットも多く感じています。今後もリアルとバーチャルの良いところを導入した新しい形態が定着すると良いなと思っています。
私のモットーは、人との出会いを大切にすることです。また、仕事では少し背伸びをする姿勢でチャレンジしていきたいと思っています。幸い職場は子育てへの理解があり大変働きやすいのですが、出産育児はあくまでもプライベートのこと、それを言い訳にするのではなく活力にしてさらに高みを目指して頑張りたいと思います。研究費の大半は国民の税金に基づくものなので、研究は楽しみながらも結果を意識して真摯に取り組みたいと思います。歯科医師としての経験を生かして、診断や治療など出口につなげられるような研究を行い、自分なりの形で社会に還元していきたいと思っています。
(参考) 北海道大学大学院歯学研究院 血管生物分子病理学教室のホームページ
https://www.den.hokudai.ac.jp/vascular-biol-pathol/