【九州・沖縄ブロック】晩婚・高齢出産夫婦のライフ・ワーク・バランス(2021年10月20日掲載) 音声読み上げ
長崎大学生命医科学域(薬学系) 教授 山吉 麻子
我々夫婦は、ともに不惑の歳を超えてから結婚し、第一子を授かりました。いわゆる、晩婚・高齢出産夫婦です。そんな年寄り夫婦の、いまだ七転八倒の毎日ですが、これからの若い方々に「あ、こんな感じでも良いのだな?!」と何かしら思って頂ければと思い、今、筆を執っております。
遺伝情報はDNAに蓄えられており、この情報は「DNA→mRNA→タンパク質」の順に伝達されます。私が研究している「核酸医薬」は、この「セントラルドグマ」の流れに着目した医薬品です。DNAやRNAといった遺伝情報を司る物質である「核酸」を、医薬品として利用した最先端医薬品になります。もともと、「副作用の無い薬を作りたい!」と思ったことが研究者を志したキッカケでしたが、学生時代に村上章教授(京都工芸繊維大学名誉教授)の研究室で核酸医薬のコンセプトと出会い、これぞ私のやりたいモノだと強く衝撃を受けたのを、今でも覚えております。それからずっと核酸一筋です。村上先生のもとで修行を積み、学位取得後、九州の2拠点で研究させて頂きました(九州大学・生体防御医学研究所、九州大学・先導物質化学研究所です。ここで九州とご縁ができます)。その後2007年に、また村上先生のもとで助教として研究をさせて頂く機会を得ました。そして2015年に京都大学白眉センターの方に特定准教授として異動しました。夫とは、丁度この頃に出会いました。
私より遙かに学歴が高く博識な夫でしたが、なんと結婚後のご希望は専業主夫。それを聞いた直後は少なからず動揺しました。しかし、非常に前向きな気持ちで専業主夫に挑もうとしているということ、なにより当時、我々は晩婚と言わざるを得ない年齢におりましたが、夫はそこまで本当に自由奔放に自分のことだけを考えてきたとのことで、女性研究者が研究を続けることが最も困難なタイミングであろう育児期間中に私を支えたいとのことでした。話し合いの末、私はその考えを一旦受け入れることにしましたが、同性の友人らから、育児の困難さは山ほど聞いておりましたので、「きっとスグに音を上げるに違いない」と密かに思っていたのも事実です。
ところが蓋を開けてみれば、音を上げたのは私でした!育児の困難さは想像を遙かに超えており、纏まった睡眠時間の取れない産後休暇中には育児ノイローゼ気味にもなりました。何より、自分が頑張っても赤子の機嫌に全てが振り回される状況は、これまた独身貴族期間の長かった私にとって、かなりの苦痛でした。育児休暇は取得せず、すぐに仕事に復帰しましたが、その時には「やっと自分に戻った!」と(罪悪感を感じながら)思ってしまったものでした。
しかし、夫は赤ん坊と真っ直ぐに向かい合いながら、音を上げませんでした。私より真摯に育児に向かっていく姿を目の当たりにし、この時、心から夫の存在に感謝したのでした。現在もなお、感謝しております。私は本当に好き勝手に仕事をさせてもらっておりますが、それは全て夫のサポートがあるから故です。
そして予期せず、妊娠・出産経験は、私に研究面でも大きなギフトをもたらしました。近年、私の研究している核酸医薬をはじめ、厳しい安全性試験をクリアしたはずの最先端医薬品や生体適合材料などにおいても、生体はこれらを「異物」として認識してしまうことが明らかになってきています。そんな時に丁度、私は息子を妊娠し、自己と完全に異なる個体であるはずの胎児を排除しない驚異的な「共生」を体験しながら、これまでの医薬品には「何か足りないもの」があり、「生体の共生システムからもっと学ぶべきものがあるのではないか?」と直感的に思ったのです。幸運にも様々な研究者との出会いに恵まれ、私のこの直感をもとに新しい学問分野を切り拓こうではないか、ということになりました。そして昨年度には、文部科学省科学研究費・学術変革領域(A)に採択されることになったのです。我々が切り拓こうとしている学問分野は「物質共生学」。実は生体は、体内に投与された医薬品(マテリアル)と「弱い相互作用」を介してコミュニケーションしているのです。この「弱い相互作用」を物理化学的に読み取り、物質共生を理解しようと奮闘しております。息子から授かったアイデアを、私は自身の研究者人生をかけて実現したいと思っております。