【東北ブロック】北欧フィンランドの女性研究者との出会いを通して(2021年12月15日掲載) 音声読み上げ
岩手大学 農学部 講師 松木 佐和子
皆さんが思い描く理想の研究生活とはどんなものでしょうか?
研究生活と一口に言っても、研究スタイル、仕事量、家族構成などは人それぞれで、理想の形は十人十色だと思います。私は現在、夫と二人の娘達とともに暮らしながら、岩手大学で森林科学分野の研究を続けています。今から9年前、研究者としてまだ駆け出しで独身だった当時、フィンランドで二人の女性研究者に出会いました。彼女たちとの出会いは少なからず私の現在の研究・私生活に影響を与えていると感じているため、この場を借りてご紹介したいと思います。
2012年5月〜9月、現在も在籍している岩手大学のサバティカル研究休暇制度を利用して、フィンランドに滞在する機会を得ました。サバティカルの主目的は、学生当時から論文のレフリーなどでお世話になっていたフィンランドの女性研究者、R教授から実験や論文指導を頂くことで、東フィンランド大学の研究室に3ヶ月間お世話になりました。シラカンバの木々がようやく芽吹き始める5月初旬、訪問初日は実験圃場の畑を耕すのを手伝うなどしながら北欧の春の訪れを楽しみました。Rさんは優れた研究を行なっているだけでなく、様々なプロジェクトのまとめ役を担うなど多忙な日々を送っていました。しかし午後3時になると研究室はもぬけのから。後で知ったのですが、毎日のように愛馬を世話するため馬場を訪れていたのです。夏至も近くなった週末のある日、Rさんは湖のほとりにある別荘に連れて行って下さいました。フィンランドでは平日に過ごすアパートとは別に「週末の家」を郊外に持つのは一般的なことで、老後に暮らす家として現役時代から週末田舎暮らしを楽しんでいます。そんな生活スタイルのRさん、多忙な仕事をどのようにやりくりしているのか聞いてみたところ、ヨーロッパでは夜遅くまで研究室に残るのは恥ずべきこととされ、早朝の時間帯を上手く使ったり、「実は家に仕事を持ち帰ることもあるのよ」とこっそり教えてくれました。また興味深かったのは、全て一人で抱え込むのではなく、一つ実験をするにしてもその打ち合わせは統計の専門家である同僚、圃場の職員、ポスドク、学生達など様々な人を集めて情報を共有しながら行っているという点です。
もう一人、紹介したいのは博士課程のMさんです。彼女は植物生理生態学の研究者で、パートナーのHさんも魚類の研究を行っているポスドクです。三歳と五歳の息子達、それに大型犬一頭、ニワトリ達とともに郊外の家に暮らしています。夏休みのある日、Mさん一家とともに休暇を過ごす機会を得ました。先ず訪れたのは夏至をお祝いする地元の小さなお祭り。クライマックスは湖のほとりで行う大きな焚火。まるで日本のお盆の送り火のようでした。そして帰宅後はサウナ。シラカンバの葉がついた枝をお湯に浸して体を叩き合うのが慣しです。カンバの葉には抗菌作用があり、これが肌を健やかに保つのだそうです。翌日はKoli国立公園で1泊2日のキャンプ。キャンプ場は湖を船で渡ってしか行けない場所にあり、キャンプサイト以外は自然そのままの森の中。湖で泳いだり、流木や森で見つけた木の実で楽器を作って遊んだり、ソーセージを焼いて食べたり、夕焼けとも夜明けともつかない太陽が沈まない夏至の夜空を眺めたりしました。何があるわけではないのに、自然の中で幸福で静かな時間が流れていました。彼女達との休日で、私はすっかりフィンランドでの生活の虜になってしまいましたが、彼女達にも苦労や決断があることを私に教えてくれました。フィンランドでは大学院まで学費無料、博士課程では給料も出るため若くして家族を持つことも可能です。しかし国内に研究職ポストは限られており、ドイツやデンマークなど経済状態の良い他国に職を求める人も少なくないそうです。彼女達家族も、Mさんがドイツでポスドクを行うことが決まっており、数ヶ月後には家族全員でドイツに移ると聞きました。ユーロ圏内は他国への移住にそれほど抵抗はないのかも知れませんが、職を求めながら家族とともに移住する生活には苦労があると思います。それでも老後には自国で安心して暮らせるという安心感があるのかも知れません。
フィンランドで出会った二人の女性研究者は、固定概念にはまらずに、自分にとって大切なものを大事にするという研究生活スタイルを教えてくれました。日本では社会制度面でも、意識の面でもこのようなスタイルを実現するには立ち遅れている部分もあると感じます。しかし先ずは自分自身にとっての理想の研究・生活を試行錯誤しながら追い求めていきたいと思っています。