【東北ブロック】ドイツ生活を経て得た気づき(2022年12月16日掲載) 音声読み上げ
山形大学学術研究院 理学部 助教 石井 彩子
研究者を志すまで
私は現在山形大学理学部で助教として働きながら、宇宙物理学の研究をしています。フルタイムで働く母の背中を見て育ったためか、子供の頃から自分もいずれ手に職をつけて働くのだと考えていました。周りとコミュニケーションをとるのが苦手だったこともあり、なるべく人と話さなくても良い職を選ぼうとも思っていて、それが研究者を志した理由でもあります。(研究者というのは自室に引きこもって日々研究に没頭する職業というイメージを持っていたのですが、実際になってみるとコミュニケーション能力が求められる部分も多々あるとわかりました。)
大学は東北大学工学部機械知能・航空工学科、大学院は東北大学工学研究科航空宇宙工学専攻、と進学しました。宇宙には漠然と神秘的で魅力的な対象というイメージを持っていたものの、自分の人生をかけて研究するのだ、と初めから考えてはいませんでした。大学院で行っていた研究が全然うまくまとまらず、こんなに中途半端なところでは終われない!と思って続けているうちに現在に至る、というのが正直なところです。知識や経験が増え、宇宙物理分野の研究の面白さも今ではようやくわかってきて、ほんの小さなことでもいいから世界で自分がトップレベルだといえるような発見をしたいと思って日々研究を続けています。
ドイツでのポスドク生活
大学院卒業後は、東京で2年半、ドイツで2年間ポスドクを経験しました。特にドイツでの2年間は私にとっては大きな転機となりました。それまで私は、研究・仕事で大きな業績を残して初めて自分の人生に価値があるといえる、と考えていました。また育ってきた家庭環境の影響もあってか、子供をもつことは大きな犠牲を伴うことで、研究者のような競争の激しい職を続けながら子供を産み育てることは自分には無理だ、とも思っていました。子供を産み育てながらも研究を続ける女性研究者の話を聞いたことはありましたが、そういうのは限られた本当に優秀なスーパーウーマンだけにできることだろうと思っていました。しかし、ドイツで働いていた研究所には小さな子供を育てている研究者の方がたくさんいて、子供を連れて出勤し研究所の中で遊ばせながら研究している姿をよく見かけました。研究所で開かれるパーティーや研究グループの飲み会にみんな当たり前に子供も含めた自分の家族を連れてきますし、ドイツは日本に比べて子育て世帯に対する制約が少ないように感じました。また印象的だったのは、バスや電車などでのベビーカーの扱いです。車内でベビーカーを折りたたむ人なんていなくて、混雑している場合にはベビーカーの人に優先的にスペースを空けるという様子がよく見られました。車椅子でバスに乗ろうとする人に対しても、運転手が運転を中断して乗り降りを手助けしていました。インクルーシブな社会とはこういうものなのだなと感じました。研究グループの日本人同士で家族ぐるみの付き合いをすることも多く、子供と触れ合う機会が増えました。子供の成長を見守ることは大きな喜びなのだと感じ、これまで自分は子育てのネガティブな面しか見ていなかったということに気づきました。子供を持つと仕事に費やせる時間が減るというのは確かにそうだと思うのですが、仕事で大きな業績を残すことだけが人生の価値ではなくて、自分なりの幸せを見つけることがもっとも大事なのだとも思うようになりました。多様な価値観に触れて自分の考え方が大きく変わった時期だったと思います。
ポスドク生活を経て
研究者は基本的に優秀で意欲のある人ばかりなので、自分がその中で生き残っていけるとは思っていませんでした。同じく宇宙物理分野の研究者の夫に研究者としての夢は託して、ドイツでのポスドク期間が終わったら転職しようと思っていた矢先、たまたま自分の研究分野にぴったり合致した女性限定公募が出て、幸運にも山形大学で働けることになりました。研究業績の面で私よりもずっと優れている男性研究者がいる中で自分が大学教員の職を得たことに対して後ろめたさもありますが、研究者の多様性・裾野を広げることでより良い社会を作っていけると信じ、それに少しでも貢献していきたいと思っています。次世代の若者たちが生きやすい世の中を作るために、これからも自分にできることを頑張っていこうと思います。