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【東海・北陸ブロック】子育てから広がった世界(2024年3月6日掲載) 音声読み上げ


名古屋大学 ジェンダーダイバーシティセンター 教授 林 葉子

私は、約2年前に名古屋大学ジェンダーダイバーシティセンターの教員に着任し、現在、女性研究者支援や育児支援等の業務と歴史研究(近現代日本の人身売買問題や性暴力問題、および、その解決を目指した社会運動に関する歴史研究)に携わっています。また、名古屋大学未来社会創造機構FSSFuture Society Studio)では、兼任教員として、文理双方の様々な分野の研究者の方々との学際的な共同研究に参加しています。
名古屋大学は、男女共同参画推進の分野では最も先進的な大学の一つで、その20年以上にわたる活動を牽引してこられた束村博子副総長をはじめ、パワフルで魅力的な先輩方が作り上げてこられた職場は前向きで明るく、そうした場で働けることに、心から感謝しています。

私は、大学院生だった頃に、二人の子どもを産みました。現在は二人とも成人し、それぞれ、医学と工学を学んでいます。今は家族が皆一人暮らしで、全員が集まる機会はずいぶん減りましたが、たまに会って話し込む時間は、とても楽しいです。そんな時の話題のほとんどは、それぞれが専門として学ぶ研究分野に関することです。
私は子どもの頃、数学に苦手意識を持ち、いわゆる理系分野は自分からは遠い世界だと感じていたので、まさかその自分が中年になってから、医療やロボット等の研究の話を面白がって聞くようになるとは想像したこともありませんでした。しかし、自分の子どもたちが、幼い頃から少しずつ、そうした分野への関心を深めて、将来を夢みて学んでいく姿を見ているうちに、遠かったはずの世界は、身近なものに感じられるようになりました。
その子どもたちも大人になって、ようやく私は育児を卒業し、今ではほとんど、親であることゆえの負担感はなくなりましたが、子どもたちが幼かった頃は、研究を続けながらの育児の負担は重く感じられました。子育てのための時間を研究上のブランクにせずに、むしろ研究を深めるための何かに変えなければと、真剣に思いつめた時期もありました。しかし、今になって振り返ると、それほど肩に力を入れなくても、子育ての経験は、自ずと私の世界を広げ、自らの成長を促すものになったと思います。好奇心にあふれる子どもたちのそばにいれば、自分の関心領域も広がっていきますし、子どもたちへの愛情は、彼らが生きる未来への想像力につながります。研究に取り組む活力そのものも、子どもたちから与えられました。
子どもたちの側にとっても、親が研究者であることには、様々なメリットがあったと思います。家にたくさんの本があり、それらを親が寸暇を惜しんで読む姿を見たり、食卓でも社会問題について一緒に議論したりすることを繰り返していれば、いつのまにか、何かを考え学ぶことが暮らしの一部になります。誰かに強いられなくても、自ら学び、それを楽しむことができるようになれば、その先はずっと心豊かに過ごせます。

大学の教職員や学生が育児をしながら仕事や研究を続けられるように環境を整備することは、育児をしている個々人のためだけでなく、大学や社会全体を力強く豊かにするためにも必要です。現在、多くの大学がダイバーシティを推進しようとしていますが、子育ての経験は、まさにそのダイバーシティのトレーニングの場です。異なる世代、異なる性、異なる個性の子どもと、互いに通じ合う言葉を探しながら共に日々を過ごし、子どもがお世話になる様々な場所でも、自分とは異なる考え方の大人や子どもたちとの交流が生じて、否応なしに、多様性への適応力が鍛えられていくことになります。
若い研究者の方々の中で、将来、子どもと暮らす生活を選ぶかどうか迷っている方がいるならば、ぜひ、その実現のための一歩を踏み出してみられることをお勧めします。研究者の生活は、心躍る楽しいことがたくさんある反面、不安定で、運の良し悪しに左右されることも多く、辛くて苦しいことにも度々直面しますが、子どもという存在は、様々な苦難を乗り越えようとする時に、本質的に重要な指針を与えてくれることでしょう。


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