【東海・北陸ブロック】情熱と愛情をたっぷり注げる研究環境とは?(2025年3月13日掲載) 音声読み上げ
富山県立大学 工学部 教養教育センター 准教授 金城 朱美
私は大阪で生まれ育ち、大学ではドイツ文学を専攻し、ドイツ語を学びました。グリム童話の研究を深めたく、またドイツに行ってみたかったため大学院へ進学しました。小さい頃から研究者を目指していませんでしたが、教えることは好きでした。M1の夏にやっと渡独できて、ドイツの開放的でゆたかな自然と人びとのおおらかさに感銘を受け、ドイツの文化について学びたくなりました。修士課程修了後に、幸運にもロータリー財団国際親善奨学生としてゲッティンゲン大学に留学でき、日常生活における「当たり前」や文化を問う学問、ドイツ民俗学を専攻しました。
在学中に結婚し、息子が生まれました。子どもが生まれるまでは、赤ちゃんは寝てばかりですくすく育つものだと思っていましたが、現実は違いました。息子はときどき入院し、私が時折外で仕事をしながら博士論文を執筆する時間を確保するのは難しく、私の心も身体も病んでしまいました。息子は生後18カ月で保育所に入れなかったのです。そこで考え方を変えて、無理をすることをやめました。息子をしっかりと見守り、息子と一緒に思いっきり楽しむことにしました。光陰矢の如し、子どもの成長はとても早く、過ぎた時間は戻らないからです。勉強する時間ができたのは息子が幼稚園に入ってからでした。週末になると夫は子どもを動物園や自然博物館などに連れて行き、私が落ち着いて勉強できる時間を作ってくれました。家族と友人に励まされ助けられて、息子が小学校に入学してから博士号を取得できました。私のことを応援してくれる方々にいつも感謝しています。
20年近くドイツで生活していた間に学んだことや経験を日本の大学生に教授することで、日本の将来を考えて行動する人が増えることを望み、私自身ゆたかな社会の実現に貢献したいという想いから現職に就きました。現在、ドイツのシェアする文化について研究しています。もうじき銀婚式を迎えるパートナーと大学卒業をひかえた息子はドイツにいて、私が単身赴任しています。帰国して7年程たち、大学で研究教育に携わることができていることをありがたく感じていますが、研究(労働)環境は改善しているとは言い難いです。
ドイツで留学生活を始めて驚いたことがいくつかありました。今からもう25年以上も前のことでですが、大学に託児所が併設され、家族用の学生寮も用意されていました。当時の学友の1人はシングルマザーで、子どもの預け先がない日は、子どもと一緒に講義を受けていました。
あるとき私はやむを得ず、まだ5歳ぐらいだった息子を連れてドイツの大学図書館に古文書の閲覧に行きました。日本の大学図書館では「子どもの入館一切お断り!」と入館拒否されたことがありましたが、ドイツでは何の問題もありませんでした。子どもがいても学ぶ環境は整っていることに感心しました。
私が不在の時に息子が病気になると、夫は子どものための病気休暇(各親に15日ずつ)を取っていました。新型コロナのパンデミック後には週に1回在宅勤務ができる職場も増え、そもそも文系の研究者であればパンデミック前から子育てしているか否にかかわらず、講義の日以外は家で研究していました。研究者は土日に出勤しないことが普通で、それでも業績はきちんとあります。夏休みや年末年始には会議もありません。ドイツでは家族と過ごす時間を大事にし、両親が協力して子育てをすることは当たり前で、家族と一緒に過ごせる時間を確保できる労働環境が整っています。
育児休暇中に通常は代理の人が雇われるため、他の人に仕事の負担がかかりません。子どもがいる人が幼稚園や小学校の休みの時期に休暇を取れるように、雇用主は配慮します。子どものいない人は学校が長期休暇ではない時期に休暇を取り、旅行代金が安い時期に休暇に行けるというメリットがあります。そのためか、マタハラとか「子持ち様」といったイヤな言葉はドイツ語にありません。ドイツでは年齢にも性別にも子どもがいるかどうかにも関係なく、学び、働き、研究できる環境があるのは普通のことなのです。
子どもが小さいうちは家で過ごす時間を増やしたい人もいるでしょう。仕事を休んで子どもの成長を見守りたい人もいるでしょう。子どもがいても働くことや研究することを強制するような制度ができるのではなく、それぞれの希望に添える制度を整え、そしてさまざまな生き方や考え方を受け入れられる心の余裕を持てるように、時間の余裕を持つことができる労働環境を整備することが喫緊の課題なのではないでしょうか。時間に余裕があると心が穏やかになり、自分とは直接関係のない人にも寛容になれ、思いやりを持てるようになると思います。経済的支援だけではなく、時間の余裕を得られる労働環境へと改善してほしいです。
日本でも、まずは選択型在宅勤務やドイツ式パートタイム(正社員で半日勤務か、週数回勤務で正社員一人分の仕事や休暇を二人で分けている)を男女の区別や子育てしているか否かの区別もなく導入すれば、通勤時間や職場での光熱費の節約だけではなく、(同)世代間の不公平感もなくなり、ワークライフバランスがとりやすくなりウェルビーイングの向上につながることでしょう。こうして研究や仕事に燃え尽きることがなく情熱を注ぎ、子どもや家族、そしてそのほかの人たちにも愛情をたっぷり注げる余裕を持てる人が増え、徐々にあらゆる良い変化が顕在化してくると、日本がゆたかになるのではないでしょうか。
長いドイツでの生活を経て、窮地に陥っても「なんとかなるさ」と考えられるようになったことは私にとって大きな収穫です。いくつになっても子どものような遊び心を持って日々生活することの大切さも学びました。出る杭は打たれず、さまざまな個が尊重される世の中になることを願っています。