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【東京ブロック】大学とフィールドのあいだで(2026年1月13日掲載) 音声読み上げ


東京都立大学 学長補佐・ダイバーシティ推進室長 深山 直子

世紀が切り替わる頃、私は文化・社会人類学を志して大学院に進学しました。専攻分野の教員はほぼ男性でしたが、院生には少なからぬ女性がいました。女性であることを理由に、些細な事柄は別として、差別やハラスメントを受けたり、学修や研究に支障があったりした覚えはなく、むしろ自然なかたちでサポートされることもありました。もちろん、私自身の感じ方や記憶にもよるでしょうが、今振り返っても周囲の人びとに恵まれた研究環境だったと思います。当時はそれを特別なこととして意識していませんでしたが、研究を続け、立場が変わるにつれて、そのありがたさに気づかされることも多々あります。

海外および国内でのフィールドワークを重ね、やや長めの学生生活を経て、大学に職を得ました。二つ目の大学に移り、10年目を目前にした今年度、「ダイバーシティ推進」という理念のもとで、女性や障がいのある人など、多様な属性を持つ人びとの活躍を後押しする役職を担うことになりました。文化・社会人類学者として、多様な文化や地域について考えてきましたから、そのような分野に関心は持ってきましたが、大学という組織においてその具体的な実現を目指す立場になるというと話は全く別です。言葉として理解したと思っていた事柄を、制度や実践として形にしていく難しさを、日々実感しています。他の教職員の協力や助言を得ながら、ここまでなんとかやってきた、というのが正直なところです。

その一方で、人類学者としての私は近年、授業のない時期を利用して、太平洋のポリネシアに位置する人口500人に満たない非常に小さな島を訪れ、短期のフィールドワークを行っています(写真1)。プカプカと呼ばれるその島では、主食はタロイモと魚です。水田で泥に足を取られながらタロイモ栽培に汗を流すのは女性であり、ラグーンに出て漁に勤しむのは男性です。伝統的首長称号の保持者や政治的代表者、あるいは聖職者は男性に限られています。教会の礼拝や集会では、男女が座る位置は誰が決めるともなく自然に分かれます。プカプカでは、男女の違いは明確に認識され、それに応じた役割分担がなされており、一見すると、男性優位の社会のようにもみえます。確かに、いくつかの「表舞台」に限ればそう言って差し支えなさそうですが、他方で男女に関わりなく担われている活動や、女性が男性に意見したり指示したりする場面はいくらでもあります。「表舞台」のみならず家庭や日常的なやりとりについても見聞きするにつれ、ジェンダー関係を単純な上下関係として捉えることの不可能性を痛感しています。

写真1 プカプカ主島遠景 [2018年筆者撮影]

せいぜい一か月ほどのフィールドワークを終え、日本の大学に戻ると、私は再び「男女共同参画」や「女性の活躍」に向けて、問題を把握したり、数値目標を掲げたり、制度を再検討したりする業務につきます。私自身が研究者という職業に満足していることもあって、とりわけ女性研究者を増やす取り組みには、強い思い入れがあります。

それでもときどき私は、プカプカにおいて、男女の役割分担が明確でありながらも、その関係性が必ずしも不平等とは捉えられないことを思い出し、「平等」とは何を意味するのかという問いそのものに立ち返り、現在担っている業務の前提について考え込むことがあります。女性が活躍しやすい環境を推進するというとき、大学という制度のなかで、何をすべての人に共通する前提として整えるべきなのか。また、どこから先をジェンダーの違い、ひいては一人ひとりの違いを踏まえて整えるべきなのか。その線引きにあらかじめ決められた答えがあるわけではなく、状況や文脈によって、そのつど考え直されるべきものでしょう。そして、その判断を担う立場にいる自分自身もまた、常に問いのただ中に置かれています。はっきりとした答えを持てないまま、かといって立ち止まるわけにもいかず、私の日々は過ぎて行きます。


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