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【近畿ブロック】
1. 隕石研究の手法で尿路結石を斬る
2. 薄片製作がもたらすもの
(2020年3月16日掲載) 音声読み上げ


1. 隕石研究の手法で尿路結石を斬る

大阪大学工学研究科・日本学術振興会特別研究員(RPD)  丸山 美帆子

「尿路結石を隕石研究と同じ着眼で研究したいと思っているのだけど、結石のような、壊れやすくて複雑なものを“薄片”にできる方はいないだろうか?」
現在の共同研究に着手しはじめた頃、学生時代からの友人である国立科学博物館鉱物化学研究グループの門馬綱一博士に電話で質問したことが全てのはじまりでした。

私が研究対象としている結石は、多種多様な有機物を含んでおり、繊細な構造を持っていて壊れやすく脆いものです。このようなサンプルが持つ情報を最大限保存した状態で、詳細を観察・分析するために、結石の薄片(岩石などをスライドガラスに貼り付けて、研磨剤を使って20~30μm 厚みに加工したもの)を必要としていました。しかし、薄片を作れる技術者は非常に少なく、さらに結石のような難易度の高いものを加工するとなると、ほとんどいないというのが現状です。冒頭の私の質問に、門馬博士は、
「田尻さんというすごい人がいるよ!しかも、今、大阪の方に住んでいるはず。」
と答えをくれました。これが、田尻理恵さんと私が共同研究を始めるきっかけとなりました。早速、田尻氏にアポイントを取り、東大阪市にある田尻薄片製作所を訪問することになりました。

初めて訪れた田尻薄片製作所は、田尻氏のご自宅である長屋に併設されていました。きれいに整頓された作業場所や、ご案内いただいたご自宅のお部屋の様々な場所に、研磨された鉱物や貝殻など、美しいサンプルが飾られていました。
「すごい!」
一緒に訪問した、田中勇太朗氏(名古屋市立大学医学部)、門馬綱一博士(国立科学博物館)(お二人とも、現在の共同研究者)もまた、珍しく美しいそれらのサンプルに感嘆の声を上げていたことが懐かしく思い出されます。お茶とお菓子をいただきながら、今回の研究対象である尿路結石サンプルが机の上に展開されました。多種多様な姿を持つ結石は、私たちの目から見たら体内で起こる様々なイベントを記録している貴重な情報源であり、そして何とも言えない個性、不思議な姿を有しています。石を見つめながら様々な議論を行い、最終的に田尻氏も私たちの共同研究に参加してくれる運びとなりました。とても嬉しく心強いと感じた瞬間でした。

今、様々な分析装置や観察装置が開発されています。便利さも向上しており、パソコンで簡単な操作をするだけで所望のデータが得られるようにもなっています。しかし、これらの手法を導入して観察・分析をする時に絶対に忘れてはならないのは、自分が見たいと思っているサンプルの適切な加工や取り扱いです。サンプルを見やすい形に整形する途中、配慮が足りないと含まれている物質が溶け出したり、反応が起こって別のものに変化することもあります。削る、切るなどの作業も、大きな影響を与えます。どれだけ元の状態を保ちながら加工するか、どれだけ加工による変化の程度を把握しているか。また、種々の観察過程において、例えば強力なレーザーや、電子線をサンプルに照射することで変化を引き起こさないか。これらを正確におさえないと、真実とは違ったものを観察することになり、便利で高性能な装置が叩き出したデータをそのまま鵜呑みにして、間違えた解釈が一人歩きしてしまいます。そのような研究は、残念ながら少なくありません。だからこそ、高い技術力を持ってサンプルを整形することは、研究の最も基本的な要なのです。

私たちのMETEOR PROJECT(Medical and Engineering Tactics for Elimination of Rocks Project)は、現在40人を超えるメンバーで構成されています。医学、工学、理学、薬学など多分野からの参画者に加え、田尻氏のように高度な技術を持つ技術者。全員が一丸となって、尿路結石症をこの世から無くすために日々研究を進めています。視点が異なる人が集まっているからこそ、他には無い着眼点が生まれ、エキサイティングな議論も展開されます。命の不思議、自然が作り出す構造の繊細な美しさとその意味。これらを丁寧に読み解きながら、体の中で一体何が起こっているのかを紐解いていく。そしてその先に、新しい予防法や治療法を目指していきます。

大阪大学の実験室にて。田尻氏は丸山にとって、プライベートでもたくさんのアドバイスをくださる、頼りになる人生の先輩でもあります
サンプルを見ながら議論をする様子

(参考)
大阪大学大学院工学研究科電気電子情報工学専攻森勇介研究室ホームページ
田尻薄片製作所ホームページ
名古屋市立大学大学院医学研究科腎・泌尿器科学分野ホームページ


2. 薄片製作がもたらすもの

田尻薄片製作所 田尻 理恵

皆さんは「薄片」ってご存知ですか?

薄片は、岩石のような固いものをスライドグラスに張り付けて、研磨剤を使って20~30μmの薄さまで磨り減らし、顕微鏡で観察できるようにしたものです。岩石は一つ一つ硬さや性質が違うので、薄片製作のほとんどの工程は手作業で行います。できあがった薄片は、透過光や偏光による構成鉱物の観察だけでなく、化学分析をすることも可能です。

当、田尻薄片製作所はその「薄片」を作る、日本でも数少ない工房の一つです。工業の町東大阪の、「こんなとこで石切ってんの?」と言われそうな、戦後すぐに建った古い長屋の一角にあります。そしてその主、私は孫もいるおばあちゃんです。ある時は薄片を作り、ある時は孫の世話をし、また大学院生として研究もしています。
薄片製作は、地質学で岩石の構成鉱物を観察するために発達した技術ですが、当製作所では岩石だけでなく、遺跡の土や、動物の骨や、はたまた人間の尿路結石まで薄片にしています。偏光顕微鏡像で観察する岩石薄片は、それはそれは美しいものです。そして一見何の変哲もない岩石が、美しいだけでなく、その鉱物の構成を観察・分析することによって、その岩石がどのような圧力でどのくらいの温度でできたのかがわかるのです。そこには、太古からの壮大な地球の物語を解き明かす鍵が秘められています。

また、遺跡の土を薄片にした時には、含まれている砂泥の粒子や動植物の化石を見て、当時の環境を知ることができ、人類のたどってきた道に思いを巡らせます。
結石形成機序解明を目指すMETEORプロジェクトでは、人の尿路結石の薄片を作っています。驚いたことに、結石の薄片も顕微鏡で観察すると非常に美しいのです。自然の中で形成されるウーイドと呼ばれる炭酸塩粒子と、内部構造が非常によく似ています。人の体内でも海の中でも、同じようなものが形成されることに驚きと興味を掻き立てられます。でも、感動ばかりしてはいられません。結石の痛みは、人間の三大激痛の一つと言われています。現在METEORプロジェクトの研究者の皆様の頑張りで、研究も少しずつ進んでいます。ぜひとも治療に役立てることができるように、私も力を尽くしたいと思っています。

人間の尿路結石を薄片化したものを、偏光顕微鏡という特殊な顕微鏡で観察した写真

孔雀が羽を広げたような姿、花火のような放射状の姿など個性的です

一方、10年ほど前に開発した「動物の硬組織と軟組織を同時観察する」技術を使って、様々な動物の薄片も手掛けてきました。多くの動物の体は、硬組織と軟組織が複雑に入り組んで構成されています。生物切片でそれらを観察するには、骨などの硬組織を溶かす処理である「脱灰」をしなければなりませんが、この薄片技術を使うと、脱灰なしにありのままの姿を観察することができるのです。さらに硬組織に化学分析を施すことも可能です。今までに薄片製作を手掛けた動物はクモヒトデ、ヒトデ、カイメン、サンゴ、イソギンチャク、コンチュウのような小さなものから、イルカのメロン(頭の前部分にある丸い突起)・・・他にもいろいろあります。硬組織と軟組織両方が含まれた薄片を作る技術を持つ研究機関は数少ないので、当製作所で作成する薄片は、研究者でも初めて見るものがほとんどです。

今私が学生として大学院で行っているのは、キクメイシモドキという、タイドプールなどに生息している黒い骨格を持つサンゴの内部構造の研究です。その研究でも薄片技術を使います。サンゴは硬組織だけでなく、ポリプと呼ばれる軟組織を持っています。それらを同一平面上で観察し、サンゴと褐虫藻の共生の様子や、穿孔生物などとの攻防の様子を解き明かしたいと考えています。しかし、サンゴの軟組織は表層部以外を硬組織に囲まれているため、硬組織と軟組織を同一平面で薄片にすることは技術的に難しく、その製作過程でうまくいかないことがしばしばあります。そのたびにどうすればそれらの点を克服できるか、実験や試行錯誤を繰り返します。そして、苦労して問題点をクリアできた時の喜びは、何物にも代えがたいものです。その結果、軟組織の中に共生する褐虫藻の分布が骨格の奥の方まで観察できるようになりました。

薄片を製作する工程そのものは非常に単調で、集中力と根気が必要です。さらに硬組織と軟組織を同時に観察するためには、その前処理として一週間以上の作業が必要となります。そして、薄片をより良いものにするために、常に新しい工夫を施すことや資材の購入が欠かせません。それでも、岩石の組成や構造や生物の内部構造を誰よりも早く見て感動することができ、そして科学の発展に貢献することができる。そんな仕事に、興味と喜びを感じる毎日です。

皆さん、薄片技術を使って、今まで見たことのない新しい景色を共有してみませんか?


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