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男性育休はダイバーシティ推進のレバレッジポイント 課題は制度ではなく風土(2020年5月22日掲載) 音声読み上げ


ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ


小泉進次郎・環境大臣の育休取得を機に、男性育休に関する議論を目にすることが増えました。これが大きなニュースになるのは、男性が家事や育児に関与することが、まだ、当たり前ではないからでしょう。

2019年にユニセフが公表した報告書”Are the world’s richest countries family friendly? Policy in the OECD and EU”は、日本が調査対象41カ国中で父親に対する有給の育休制度が最も充実した国である、と記しています。この調査によると、アメリカ合衆国、カナダ、ニュージーランド、スイスなど9カ国は父親向けに有給の育児休業制度を持っていません。加えて、報告書は日本について、制度が充実している一方、取得率が非常に低く、2017年に5.14%であり、2007年の1.56%と比較すると増えたものの、非常に少ないと指摘しています。

制度があっても男性が育休を取らない、または取れないことは、日本の大きな特徴なのです。それを生むのは固定的な性別役割分担――男性は外で働き家計を支え、女性は働いていたとしても家庭を優先するものという考え方――です。

一例をご紹介しましょう。あるメディア企業で働く30代男性から受けた相談です。彼は既婚で妻は専業主婦。初めての子どもを授かり、とても喜んでいました。彼の悩みは職場の人繰りです。子どもがいる女性社員は早番、それ以外の社員は遅番のシフトになると言うのです。残業なしの早番なら保育園のお迎えに間に合いますが、遅番は夕方から日付が変わる深夜まで働かなくてはいけません。

部署の男性管理職は、子どもがいる女性社員に優しく「遠慮しなくていいから、早番をやって」と言いつつ、独身、既婚で子どもがいない人、家族構成を問わず男性が遅番を担当するのが「当たり前」という意識です。

このように「優しい上司」の問題を、日本企業ではよく聞きます。一部の部下から見るとありがたい存在ですが、「子持ち女性だけに優しい上司」は職場における性別役割分担を固定化、再生産しています。なぜなら、こうした人材マネジメントは働く女性のワンオペ育児を推進し、その結果、女性リーダーは増えず、男性は伝統的な役割に固定化されるためです。これではダイバーシティ・マネジメントとは言えません。

どうしたらいいのでしょうか?

やはり、性別を問わずケア責任を担えるようなマネジメントが必要です。特に、男性の育休取得は「出産で休むのは女性」という固定的な性別役割分担規範を覆し、男性の働き方改革を進める上で重要です。ただし、前出のユニセフ報告書にある通り、制度を作るだけでは不十分です。

男性が育児休業を取れるようにするために、今の日本に必要なのは上からの育休取得推奨や「義務化」でしょう。

そんな中で注目されているのが、大阪市に本社を置く積水ハウス株式会社です。同社はハウスメーカーで、従業員数は1万6000人以上、国内120の支社・営業所を持ち、アジア太平洋、アメリカ等、海外にも事業を展開する日本を代表する企業のひとつです。2018年秋から「男性育休の完全取得」に取り組んでおり、2020年1月中旬までに1700人の男性社員が1カ月の育児休業を取得しています。企業規模の大きさ、男性育休の長さを考えると、先進事例と言えます。

きっかけは、同社・仲井嘉浩社長のスウェーデン出張でした。

スウェーデンの首都ストックホルムに出張した仲井社長が仕事の合間に公園を歩いていると、ベビーカーを押す父親の姿をたくさん目にしたそうです。その夜、会食の席でスウェーデンの男性育休について知った仲井社長は、帰国後ただちに、社内でも実践できないか、調査に取り掛かります。

積水ハウス仲井社長

1週間後、人事部の報告を受け、対象となる人数や業績との関連で「男性育休完全取得1カ月」を、社長のトップダウンで導入しました。業務の都合もあり、まとめて取得が難しい場合は分割取得も可能とし、オリジナルの「家族ミーティングシート」を作成し、育休取得の目的や家事育児分担を夫婦で話し合えるツールも提供しています。

これは「『わが家』を世界一 幸せな場所にする」という企業ビジョンに沿った決定だった、と仲井社長は言います。また、機関投資家が重視するESG経営(環境問題や社会課題、企業統治への対応)にも合致する、ということです。

仲井社長はこう話します。「30代の男性社員と話をすると、自分の世代とは家族に対する価値観が違う、と感じることが多々ありました。また、私には年の離れた弟がおりまして、その様子を見ていると、男性も家族にしっかり関わりたい、と思っていることが分かったのです」

積水ハウスで育休を取得した男性社員(写真中央。右端は筆者)

こうした感覚を他の経営者はもちろん、大学関係者にも持っていただきたいです。私は今40代半ばですが、5~10歳若い男性研究者と話をすると自分が育児をしていることを打ち明けてくれる人が少なからずいます。中には「本当は僕も育休を取りたかったのですが(取れなかった)」という人もいます。また、保育園を探すため熱心に情報収集しているパパ研究者もいます。

ダイバーシティの推進は女性登用に留まりません。積水ハウスは、過去10年にわたり女性活躍に取り組んだ結果、政府機関から数々の表彰を受けてきました。既に女性役員もいます。「次は男性の働き方に取り組む時期」と考えたことが、男性育休完全取得という取り組みにつながりました。

大学においても女性研究者支援と並行して、パパ研究者支援をぜひ、積極的に進めてほしいところです。


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