大使も育児休業を取得 スウェーデンのイクメン化はなぜ進んだか(2020年6月10日掲載) 音声読み上げなし
ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ
前回記事では、男性の1カ月育児休業の完全取得という積水ハウスの取り組みを紹介しました。(前回記事) 今回は、積水ハウス社長がお手本にしたスウェーデンの男性育休について取り上げます。
スウェーデンは世界で最も手厚い育児休業制度を持つ国です。両親に480日の育休があり、父親と母親それぞれに90日ずつが割り当てられています。残りの300日はどちらが取得しても良く、最初の390日は、給与の8割が保障されるのです。
充実した制度を持っているスウェーデンですが、ジェンダー格差は存在します。育児は女性の方が多く担っています。この状況に疑問を持ったのが、写真家のヨハン・ベーブマンさんです。ヨハンさん自身、お子さんが生まれた時、19カ月の育児休業を取得しており、もっと多くの男性が育休を取得した方がいい、と考えていました。
そこで彼は育休パパの写真撮影に取り組みます。特に「6カ月以上の育休を取得した父親」に焦点を当て、父と子の様子を写真に収めるのです。ヨハンさんのカメラはよそ行きではなく日常を切り取っていて、泣いている子、疲れている父親の表情から、これが子育てのリアルであり幸福だということを感じさせてくれます。
2017年12にヨハンさんが来日した際、マグヌス・ローバック駐日大使(当時)とのトークショーが開かれ、私はモデレーターを務めました。ヨハンさんによれば、スウェーデン国内にも意識の差があるそうで、特に地方部ではジェンダー規範が強いところもあり、写真を撮った中には町で初めて育休を取ったパパもいたそうです。「パイオニアのパパを応援したい」というヨハンさんの言葉が心に残りました。
そして、ローバック大使自身、お子さんが赤ちゃんだった頃、育児休業を取得しているのです。「妻が海外出張している間、赤ん坊と私が家に残されました。私は禅の境地を学びました」と冗談交じりにローバック大使は語っていました。
昨年、スウェーデンの駐日大使は交代となり、秋からペールエリック・ヘーグベリ氏が着任しました。ヘーグベリ大使は2人のお子さんの父親で、それぞれのために6カ月と8カ月の育児休業を取得しています。
ヘーグベリ大使は、男性育休を始めとする男性の家庭参加を進めるために「女性の意識が変わることも大切」と述べます。大使が初めての育休に際し「どうしたらいいのか」と戸惑っていると、妻が「私もあなたの初めての経験だから、あなたのやり方でやって」と言ってくれて安心したそうです。
それにしても、大使といえば大変なエリートです。二代続けて育休取得しているのは、なぜでしょうか。ローバック前駐日大使、ヘーグベリ現駐日大使に尋ねると、同じ答えが返ってきました。それは、税制です。
ふたりの話を総合すると、1970年代にスウェーデンの所得税は家計単位から個人単位に変わったことが、夫婦の育児分担を大きく変えたと言います。累進課税のもとでは、夫婦それぞれの収入に別々に課税するのと、合算してから税額を計算するのでは、後者の限界税率が高くなります。つまり、1970年代の税制改革は、片働き世帯が有利な税制を、共働き世帯が有利な税制に変えたのです。
ローバック前駐日大使は子どもの頃に税制改革を経験しました。主婦家庭で育ったため「税制が変わって不利になる」と両親が不満を述べていたのを覚えているそうです。
個人課税は「女性の意識も変えた」とヘーグベリ現駐日大使は述べます。「女性は自分の収入を意識し、経済的自立を求めるようになったのです」。このように、日本から見れば先進的に見えるスウェーデン男性の意識を「税制」という経済の仕組みで説明できるのです。
同時期にスウェーデンは育児休業の制度を導入しています。外で働いて納税することと家の中で働いて次世代を育てること。その意味合い変えたのが制度だったわけです。それから40年以上経ち、今のスウェーデンの姿があります。
日本は人口減少社会に入り、10年以上が経ちました。片働き男性と専業主婦を前提に設計されてきた様々な仕組みを変える動きが出てきています。
1月14日にスウェーデン大使館で開かれた男性育休に関するシンポジウムには、ヘーグベリ大使、積水ハウス仲井嘉浩社長、IKEA日本法人のヘレン・フォン・ライス社長や、積水ハウスとIKEAから育休を取得した男性社員が登壇しました。会場には男性の姿もたくさん見られ、男性記者から熱心な質問が出ていました。
レセプションで来賓挨拶をしたのが、武田良太大臣です。武田大臣は行政改革や国家公務員に関する事柄を担当しており、スウェーデンの首都であるストックホルム視察から戻ったばかりでした。
武田大臣は次のように話していました。
「スウェーデンでは、たくさんの女性が活躍していました。その背景には男性も家庭をしっかり守っていることがあるのだと思います。様々な意味で日本はスウェーデンをお手本にしていくべきだと思いました。
私自身は娘がいますが、育児はほとんどできていません。これは、反面教師にすべきで、これからは国家公務員の男性も1カ月の育児休業を取れるようにしていきたい」
日本も変わり始めたことを感じるシーンでした。