役員の女性比率3割を目指す30%クラブに見る海外と日本の意識格差(2020年7月30日掲載) 音声読み上げなし
ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ
ダイバーシティやジェンダー平等の推進は、今や世界の潮流です。今回は、経済界の女性リーダーを増やす取り組み「30%Club」について、教育機関との連携を含めて、ご紹介します。
30%Club(サーティーパーセントクラブ)は、2010年、英国で始まった取締役会など重要な意思決定機関に占める女性の割合を30%に増やす取り組みです。背景には、意思決定に多様性がある方が、組織のパフォーマンスが良くなり、リスク耐性も高くなり、持続可能な成長につながる、というデータに基づく信念があります。
同じ欧州でも政府の規制により「女性枠」を作る方向性とは異なり、30%Clubは企業の自主性に任せるのが特徴です。CEOや会長など各社トップのみで構成されるメンバーシップ制を取っており、社長たちが切磋琢磨してダイバーシティ推進を経営の最重要課題として取り組みます。
各社の都合やビジネス界の繁栄のみならず、30%Clubは「統合的アプローチ」を取り、幅広く関係者を巻き込むことで社会変革を目指しています。例えば機関投資家で構成される「インベスター・グループ」は、投資先企業に対して株主として、女性取締役を増やすことを働きかけます。
既に世界14カ国・地域(オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、東アフリカ、湾岸協力理事会[i] 、香港、アイルランド、イタリア、マレーシア、南アフリカ、トルコ、英国、米国)に展開しています。欧米先進国のみならず、新興国や途上国のグローバルなビジネス界が参加しているのです。
日本支部は2019年5月1日に発足しており、資生堂、味の素、MS&AD、大和証券、りそなホールディングス、アステラス製薬、東京海上日動火災保険、損保ジャパン、キリン、花王、ユニ・チャーム、ANA、第一生命、電通、丸井、日立ハイテクノロジーズ、新生銀行、ライオン、ローソンといった日本を代表する企業のトップがメンバーになっています。
前述した通り、社会変革を含む統合的アプローチを重視する30%Clubは、優秀な人材を育成する大学とも協力関係を築いており、東京大学、大阪大学、新潟大学、津田塾大学、慶応大学、昭和女子大学等の学長とも様々な形で連携をしています。
私自身も運営委員として30%Club日本支部に関わっており、メディア戦略等について、創設者の只松美智子さん(デロイト ジェンダー・ストラテジー・リーダー)と様々にやりとりをしています。これまで約20年、経済記者として企業のダイバーシティ推進や女性リーダー育成について取材してきましたが、30%Clubほど、社会全体に与えるインパクトが大きく、短期に結果を出している取り組みを見たのは初めてです。
発祥の地、英国では既に2015年に目標を達成し、新しいフェーズに入りました。そのひとつが、教育機関との連携です。例えば、ビジネススクールに女子学生が少ないことを踏まえ、各大学が設定した奨学金を30%Clubメンバー企業内で告知したり、奨学金の選考基準について助言したりしています。これは「学び」と「キャリア」を接続する上で意義深く、経営幹部になる素質を持つ女子学生を大学が的確に選ぶことにつながります。大学については、意思決定機関におけるダイバーシティを推進する取り組みもあります。
より早い段階に向けた施策には、”Speakers for Schools Partnership”があり、公立中学校に30%Clubメンバーの企業経営者を無償で派遣し、子ども達にダイバーシティの重要性を語ります(動画はこちら)。生徒からの質問に対して、経営者が答えたり、登壇者のジェンダーバランスに配慮することで、女性がトップリーダーになれることを示す意義があります。公立中学校は生徒の家庭環境や社会経済階層が多様ですが、経営者自身の生い立ち、克服した課題などを直接聞くことで、10代の子ども達は自信を持つと共にジェンダー平等の重要性を学ぶことができるのです。
前出の30%ClubJapan創設者・只松美智子さんは次のように話します。
「現状、格差や不平等に加え、ジェンダーステレオタイプにより女性は十分ポテンシャルを発揮できていません。それは個人のみならず日本社会にとって大きな損失です。是非日本の大学にはジェンダーバイアスに囚われることなく、むしろそれを打ち破るようなプログラムや環境を日本の将来を担う学生のために整備していただきたい。そのためには大学自体も変化していく必要があります。是非個々の大学の枠を超え、30% Clubのメンバーと有機的につながっていただき、大胆な変革を行っていただきたい。それは大学自体の持続可能性にもつながると確信しています」(2020年3月17日インタビューより)
私が運営委員として30%Clubに関わるようになって痛感するのは、ダイバーシティは組織成長に必要不可欠なものである、というグローバル企業経営者の信念です。日本では、ともすると女性リーダーが少ない理由を「女性個人のやる気の問題」にしてしまう人が少なくありません。一方、グローバルなビジネス界では「女性がリーダーになりたくない、と感じてしまう、なりにくいような既存の仕組みそのものを変える必要がある」ということが常識です。いつまでも「女性の自己責任」を論じていたら、世界から遅れを取る一方でしょう。
高等教育に関わる皆様には、ビジネス界におけるダイバーシティ推進について、ぜひ世界水準の議論を知っていただきたいと思います。既に”Why”を問う時期はとうに過ぎ、”How”が問われる時代になりました。いかなる施策が効果的なのか、各組織が知り得たエビデンスや事例を、このネットワークで共有し変化を加速して下さい。
[i] 正式名称Cooperation Council for the Arab States of the Gulf。防衛・経済をはじめとするあらゆる分野における参加国間での調整・統合・連携を目的に1981年に設立。本部はサウジアラビアの首都リヤド。加盟国はサウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、クウェート。