無意識のバイアスに気づくと女性起業家が成長する 東南アジアの教訓(2020年8月19日掲載) 音声読み上げ
ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ
ダイバーシティ推進に関心がある組織では「無意識のバイアス」に対する関心が高まっています。無意識のバイアスとは明文化されておらず、本人も意識していない偏見のこと。ジェンダーに関するアンコンシャスバイアスとは、「性差別をしているつもりはない」人が知らないうちにやってしまう、社会的な性差を元にした偏見が反映された言動を指します。
例えば職場に同じ年頃の性別が異なる部下が2人いたとします。どちらも既婚で乳幼児がいる場合、どちらに急な出張を頼むでしょうか? このように尋ねると、少なくない人が「男性に頼む」と言います。そこには「子育ては女性の仕事である」とか「母親は仕事より子どもを優先するはず」という思い込みがあります。
厄介なのは、これが善意に基づく場合も多いことです。部下の家庭の事情を思いやる優しい上司ほど「子どものいる女性に急な出張や残業を頼むのはかわいそう」と感じるからです。上司が無意識のバイアスに基づいて行動すると、出張も残業も男性や独身の人がやることになります。それはまた、女性から挑戦の機会を奪う側面もあります。今回は東南アジアにおける起業家支援の分野で導入されつつある「ジェンダーに基づく無意識のバイアスの克服」についてご紹介します。
私の手元には、オーストラリア外務貿易省や笹川平和財団が共同して作った”Gender Lens Incubation and Acceleration Toolkit(GLIA)” があります。主に東南アジアの女性起業家支援を想定した内容で、英語、ミャンマー語、タガログ語(フィリピン)、クメール語(カンボジア)に対応しています。新興国・途上国では、日本のような大企業や官公庁が少ないため、雇用されて働ける人は多くありません。起業は女性が経済力を得るためのほぼ唯一の手段なのです。
今年の1月、インドネシアの首都、ジャカルタで数名の女性起業家やその支援者にインタビューしました。人口2億5500万人を超えるアジアの大国インドネシアは経済成長率が5~6%に達しています。成長の勢いに惹かれて日本企業も多数進出していますが、貧富の格差も大きく半数の人が1日2ドル以下で生活しており、97%が零細企業を営んで生計を立てています。
社会起業家と投資家のマッチングを手掛けるエンジェル投資ネットワークインドネシア(ANGIN)CEOデビット・ソクハティンさんは起業家のジェンダー格差について、次のように分析します。
「女性起業家が長期的かつ保守的に自分のビジネスを見積もるのに対し、男性起業家は大きな夢を語ります。資金提供するベンチャー・キャピタルは、高リターンを望むアグレッシブな人たちですから、大きな夢を語る方が有利になる。
起業家の言動が男女で異なるのは、社会がそれを要求するから、とも言えます。男性は自信があるように見えないとカッコよくない。逆に女性は自信があるように見えると傲慢だと思われる。社会規範は起業家にも影響を与えているのです。」
今の社会にある無意識のジェンダーバイアスをそのままにしていたら、女性起業家は資金調達がままならず、成長しない――。GLIA開発の背景には、そんな問題意識がありました。
実際にGLIAを使って女性起業家支援を試みたのが、起業支援ベンチャーのインステラ―です。担当者のエルヴィラ・ソウファニ・ロザンティさんは、女性起業家が参加しやすくなるよう、プログラムを告知するポスターの作り方などを見直したと言います。
「例えば起業家支援プログラムの告知ポスターに男性の写真だけが使われていると、女性は応募しようという気持ちになりません。
そもそも流通している写真イメージにもジェンダーバイアスがあります。投資家はスーツ姿の男性、消費者は女性といった写真が多くあり、そういうものが女性起業家の意欲を損なうこともGLIAを通じて知りました。
そして、ジェンダー視点をもって視覚的な発信を心掛けるようにしたら、起業家を想定していた当社のプログラムに会社員女性も応募してくれるようになりました。」
インステラ―が提供する起業家支援のプログラムで、最近、特に人気があるのは「交渉術」だそうです。インステラ―共同創業者のダイアン・ウランダリ―さんは、外資系企業の管理職として部下のマネジメント経験もあります。自身のキャリアを振り返りつつ、こんなことを話してくれました。
「昇進すればするほど『威張っている』とかげぐちを言われて悩んだ時期があります。でも、ある時、気づいたんです。私は威張っていない。単に上司として必要な指示をしているだけだって。もし私が男性だったら『頼りがいがある』と言われるような状況でも女性だと『威張っている』と言われるのだ、と」
男性には多少の強引さも含めたリーダーシップを、女性には従順さを求めるジェンダー規範は、日本にも厳然とあるでしょう。ダイアンさんはこうした経験とGLIAで学んだことを生かし、もっと多くの女性起業家を支援したい、と話してくれました。
インドネシアの女性起業家支援について聞きながら、日本のことを思い出しました。5~6年前に岩手県盛岡市のもりおか女性センターが手がける起業支援を取材した時のことです。農家のお嫁さん達に経済的自立の機会を提供する目的で、セミナー等は全て農閑期に開催されていました。また、家族に「そんなものは売れない」と否定的なことを言われ自信をなくしていた女性には「あなたの作った梅干しは百貨店なら高級品として売れます」と経営コンサルタントが伝えて自信を回復させたこともありました。
国や政治体制、経済状況が違っても、女性が抱える課題は共通点が少なくありません。日本から近いアジア諸国の取り組みから私たちが学ぶことは、たくさんあると思います。