【関東・甲信越ブロック】
誰がためのダイバーシティ推進か(2020年12月1日掲載) 音声読み上げ
新潟大学自然科学系(理学)准教授 池内 桃子
多様な人材が協力しながら力を発揮できる研究者コミュニティを作ることは、新たな発見やイノベーションを活発に生み出すために極めて重要です。もっと多くの女性研究者を指導的立場へ、という時流は近年非常に高まっており、10年前と比べると明らかに変わってきていると実感します。たとえば、私はいま新学術領域に公募班の代表として参画させて頂いていますが、翻って自分が大学院生だったときに参加した特定領域の会議資料を見てみると、研究代表は全員男性でした(1名だけ、女性研究者が班友として講演されていたのは配慮だったのかもしれません。泊まりがけの研究会だったので、先輩女性研究者とお部屋やお風呂でも色々とお話させて頂いたのも良い思い出です)。10年間でここまで状況が変わったのかと驚くとともに、当時その状況に自分自身が特に疑問を抱かなかったことにも改めて気付かされました。ほんの10年前にそれで問題視されていなかったのですから、現在の状況について「若手や女性が優遇されすぎている」「なぜ実力主義ではいけないのか」と感じる人がいるであろうことも十分に理解できます。どちらが正解ということもないでしょう、これは社会の選択の問題です。男性は歯を食いしばって仕事に専念し、それを陰で支える女性がいる— 今を生きる私たちは、そういう時代とは決別して新しい社会を作ろうとしているのだと思います。
「なぜダイバーシティを推進しないといけないのか」— この点に関して、改めて考える機会がありました。それは、とあるオンライン研究会が土日に朝から晩まで開催されたときでした。週末も実験していた学生の頃や、自分のペースで仕事ができ余力のあった研究員時代であれば、研究会が週末にあっても違和感を持たなかったと思います。ただ、大学に着任したばかりで慣れない業務や初めて受け持つ講義の準備などで金曜の夕方にはすでに倒れそうなくらい疲れていた当時の自分にとって、本来楽しくてしょうがないはずの研究会が心身の限界に迫ってきて、その構図が本当に辛く感じられました。研究会を運営された先生方には率直な意見を伝えることもでき、「子育て中の女性に配慮が足りず、申し訳なかった」という声も頂きました。しかし私は家庭内で家事育児の主たる担い手ではなく、ただ単に仕事で目一杯疲れていただけでした。ということは、当然のことながら男性にも週末終日はしんどいと思っている人もいたはずで、「声を上げてくれてありがとう」とそっと伝えてくれた男性の友人もいました。
運営側にはこの実施形態に異議を唱える人がいなかったのかなと思うと、「指導者層にダイバーシティを」の重要性を初めて強く実感した瞬間でした。もちろん誰だって週末は休息や家事や育児や趣味をしたり、自由に研究したり、平日こなしきれなかった仕事をやったりと自由に過ごしたいでしょう、ただ多忙を極める研究者が集まれるよう平日に日程調整をするのが難しいとき、(頑張って・我慢して)「休日にやろう」という流れに、男性は抗いにくいのではないでしょうか。自分も(あなたも)家のことはなんとかなるでしょう?という暗黙の了解のもとに。そしてそれは、皆にとってしんどいコミュニティではないか、と思うのです。いわゆる “育児中の女性“ は単なるわかりやすい例に過ぎません。そうした視点を持つことが、全構成員にとって過ごしやすい文化を醸成すると私は信じています。
時代の変容は早く、根本的な考え方をそれに合わせて変えるのは容易ではありません。となると、意思決定権を持つ指導者層に多様な世代・ジェンダー・家庭環境・生い立ちの人がいる組織を作ることが解決策となり得ます。様々なメンバーにとって居心地の良いコミュニティを作ることは、組織の危機管理能力の向上や後進にとって魅力あるアカデミアを醸成していくことにつながるでしょう。まさにその点こそが、ダイバーシティ推進の根拠なのだろうと考えています。
これからも、自分自身の研究を発展させながら、教育や後進の育成などを通してアカデミアひいては社会に貢献していきたいと思います。