【東京ブロック】
やりたいことは何?子育てをきっかけに気づいた自分自身と向き合うことの大切さ(2020年11月20日掲載) 音声読み上げ
東京農工大学大学院 工学研究院 生命機能科学分野 助教 塚越 かおり
2020年1月に息子を出産し、ようやく母親歴が10ヶ月になるかならないかという頃に、このコラムを執筆しています。研究者としてはまだ駆け出しですし、育児でもようやく研究と家庭の両立とは?を考え出した新参者です。そこで、新参者らしく、復職するにあたってのワークライフバランスの試行錯誤・あれこれをお話しします。
様々な分野を横断しながら研究したい
私は東京農工大学の池袋・津川・浅野研究室の助教として研究を行なっています。このラボではアプタマー・酵素・抗体といった「分子認識できる生体分子(=リガンド)」全てを研究対象とし、新規リガンドの開発やそれらを用いたバイオセンサーの研究を行なっています。常時30人以上の学生が各々の目的とするバイオセンシングを研究し、ラボ内外での研究コラボレーションも頻繁にあるので、このラボで1年間過ごすだけでも横断的に数十種類の研究をキャッチアップできる大変刺激的な環境です。私も影響を受けて、メインのアプタマーの研究に加え、タンパク質リガンドの開発に挑戦しはじめています。
私はそもそも神経変性疾患で生じるタンパク質構造変化に興味があり、研究者の職を志しました。今もその思いは変わらず、生体内で病因タンパク質の特異的な構造を解析するためのリガンドや分析技術の開発を行なっています。使える分析手法を作るためには医学的な知見が必須ですので、アルツハイマー病・パーキンソン病国際学会など医学と理工学が入り混じる学会にも積極的に参加しています。こう書いてみると、横断的な研究分野が好きで、自らそのような研究方法が必要な分野に飛び込んでいるかもしれないとも思えます。幸いなことに、そういう研究のやり方を実現できる環境に恵まれてきました。
「時間がない」を予防してみたものの
出産にあたり、育休を取れば取るほど任期が減少することが辛く感じたので(これは男性育休取得義務化の流れからすると、今後アカデミアでは議論しなくてはならない課題だと思います)、2020年4月から復職の予定でした。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響により保育園が2ヶ月間閉園したため、結局復職は2020年6月に延びました。
上述の通り、私はあれもこれもと手と顔を出すことが好きな性格なので、保育園のサポートや夫の家事育児があったとしても、出産前と同じ研究姿勢のままだと仕事量が簡単にキャパシティを超えることが予想されました。復職後、ラボの先生からも「焦るな」「余裕を持て」とありがたいお言葉をいただきました(釘を刺されたとも言います)。
そこで、「研究の時間が足りない」状況にならないように働き方を見つめ直しました。単純ですが、時間を空けるためには研究の業務の量を減らすしかありません。そこでまず、仕事/作業に携わるか否かを、自分が本当に好きなことか・やりたいことかを基準に絞り込むことにしました。要不要が基準ではないのがポイントです。誰もが自分の用件は不要ではないと考えて話を持ってくる(そして実際に要不要で考えるとほとんどが「必要」になってしまう)からです。加えて、優先順位付けを考えるのではなく、引き算をすることを徹底しました。優先順位付けをしたら、どこまでも長いto do リストができあがってしまいます。絞り込むためには何を削れるかに注目するのが効果的だと考えています。
この「研究の量を減らして質を上げる」戦略で、まずは数ヶ月論文執筆に集中し、産休前に書きかけていた論文原稿をいくつか完成させました。そのうちの1つがやっとリバイスになったところです。好きなこと・やりたいことを選び取ることで、単位時間当たりの研究内容を徐々に充実させることができてきたと考えています。
しかし、最近になり、予想外の事態により「研究の時間が足りない」状況に陥りつつあります。
離乳食作りにハマってしまったのです。
離乳食に夢中
料理は得意ではないのですが、アレルゲンの把握や組織をすりつぶすこと、容量-重量換算などがとても得意だったので、離乳食は私が担当することにしました。その結果、実験歴12年のテクニックでペースト状にしたほうれん草をパクパクと食べる息子の姿に感動し、日々夢中で離乳食を作るようになってしまいました(こう書くと100%手作りのように見えますが、毎日のようにベビーフードのお世話になっております)。息子がよく食べるのもあり、どうやって何を食べさせようか考えて準備することが楽しくて仕方ありません。
最近三回食事をとるようになり、利用できる食材も増えてきたので、バリエーションを増やしたいという欲も出てきました。そこで土日や夜の時間を使って離乳食を準備したり食材の使い方を調べたりしています。そうすると、その時間を使って行なっていた研究活動ができなくなります。積極的にやらなくなるという方がもはや正確です。しかし、現在ダントツで好きなこと・やりたいことである離乳食準備に全力を注いでいるので、私自身はとてもhappyです。息子も毎日たくさん食べてくれるのでどうやらhappyそうです。
言うなれば、離乳食を通して、子育ての面白さに気がつきはじめたのです。
ワークライフバランスは自分の幸せのために調整する
ワークライフバランスの話題では、ワークを充実させるためのライフの工夫が多く語られるように感じます。私も今までそのような工夫についての情報ばかり集めていましたし、家事の時短テクニックは多数実践しています。しかし、実際に子どもと対峙し、お世話を通して子育ての面白さを知った今では、ライフの「好きなこと・やりたいこと」を満たすための、ワークの工夫も考えた方が良いと思っています。
怠け者だとジャッジされることを恐れつつ、正直に書きますと、研究に充てる時間が減ったので、さらに仕事の内容を吟味してみようかと考えています。子育てがなかったら、こんなにも研究者として実現したいこと・やりたいことを本当の意味で真剣に考えることはそうそうなかったのではないかと改めて感じます。そういう意味では、息子が我が家にやってきてくれたことは、私の研究にもとても良い影響を与えています。
私のワークライフバランス戦略が吉と出るか凶と出るかは全くわかりません。限られた任期の中で成果を求められている現実は変わらないので、これからもアカデミアで研究を続けられるように、前向きに努力するのみです。ただ、自分が幸せだと感じられることを、一番大事にしたいと考えています。研究を仕事にする幸せも、育児を通して得られる幸せも、どちらもかけがえのない自分の幸せです。その両方を大事にしつつ、自分と家族の未来を切り拓いていきたいと思います。