理系女性を増やすには中等教育から 20代女性からの提言(2021年6月8日掲載) 音声読み上げなし
ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ
2年ほど前のこと、当時小学2年生だった娘が言いました。
「私、国語は得意で好き。算数は嫌い。つまんないから」。
これは、まずいと思いました。自然に任せておくと、女の子が理系を敬遠しがち、という傾向を知っていたからです。ある程度勉強した後で好みが出るのはともかく、まだ小学2年生の段階で苦手意識を持ってしまうと今後の選択肢が狭くなります。
これは自己効力感の問題だから、易しい問題をたくさん解く機会を作ろう、と考え公文式の算数ドリルを買いました。1冊を最初から最後までやったら表紙に赤ペンで花丸をつけ、駅前の文房具店で好きなものを買ってあげる――そんな約束をしたところ、数カ月でドリルを数冊こなしました。家に可愛いシールや鉛筆が増えると同時に、娘の算数への苦手意識も消えたようです。
この時思い出したのは、私が高校生だった約30年前、理系を選ぶ女子がとても少なかったです。そういえば女友達の進路は、入試に数学がない私立文系に偏っていました。私自身は文系国立大学に進学し、入試までは数学を勉強しました。
「日本の理系女性割合は、OECDで最下位です」
若い友人2人からそんな話を聞いた時は、自分の学生時代や親としての経験を思い出しました。少ないなあ、それにしても、最下位は低すぎるのでは…と少し驚きつつ聞いた彼女たちの話は、未来の社会を考える上で重要だと感じました。
私が話を聞いたのは、田中沙弥果さんと斎藤明日美さん。「IT分野のジェンダーギャップを教育とエンパワメントを通じて是正する」ことをミッションに、Waffle(ワッフル)という一般社団法人を作って活動しています。主な事業は女子中高生のIT教育プログラム運営、親の啓蒙、そして政策提言活動です。日本政府によるジャパンSDGsアワードで第4回SDGsパートナーシップ賞を受賞しています 。
ところで、20年余り、ジェンダーに関する仕事をしてきて、理系にしても企業の管理職や政治家にしても、女性が少ない分野に関する話になると、決まって受ける質問があります。それは「女性自身が希望している/していないのでは?」というものです。ここには「本人の意思を尊重すべき」という考えと「今ある状態は自然である」という判断が混じっています。
これに対し、斎藤さんは次のように反論します。
「国際的な学力調査、TIMSS(2019年、小4と中2)、PISA(2018年、高1)の結果から、『女子は理系が苦手』という思い込みは正しくないと分かります。算数・数学的リテラシーは小4と中2で男女に有意な差はありません。また、日本女子はPISAの数学で世界77カ国中7位、科学で同6位と高順位なのです」
これを聞いて思い出したのは、12年前、息子を出産する時、入院先に持ち込んで読んでいた”Why Aren’t More Women in Science?”という本でした。ハーバード大学のローレンス・サマーズ学長が講演で、性差が生まれつきのものである、と示唆したことで、米国の大学コミュニティやメディアから非難を浴びて辞任を余儀なくされた出来事を機に作られた本です。発達心理学者が編者をつとめ、科学的な知見に基づき性差の問題を扱った読み応えのある専門書で、2013年に邦訳『なぜ理系に進む女性は少ないのか?』(大隅典子訳、西村書店)が出版されました。
この本の冒頭近くに、数学の能力に関する国際テストの結果が記されています。日本と米国、それぞれ男女の点数が記載されており、それによれば、どちらの国でも「男子の方が2~5点ほど上回るというわずかな性差があった。しかし重要なのは日本の女子は米国の男子を62点も上回っているという点である」(P50、邦訳版)
数学や科学の適性、能力は性差だけでなく、文化や教育システムの違いにあるのではないか、という問題提起は興味深いものでした。田中さんと斎藤さんは、子どもの進路選択において、保護者や先生、メディアの影響が大きいと指摘します。例えば男子の保護者の方が女子の保護者より、子どもの理系選択に対する期待が高く、ここには保護者の無意識バイアスが影響しています。お2人からは、学校の理科教育におけるジェンダーバイアスについてもお聞きし、男の子・女の子両方を育てている身として考えさせられました。
こうした中「大学入試段階での取り組みでは遅い」と田中さん・斎藤さんは口を揃えます。家庭や学校にあるジェンダーバイアスを是正するため「中高生の段階で理系に対する女子の関心をサポートすることが必要で、そのための教育プログラムを企業などと組んで実施しています」。団体設立から3年の間に、延べ1000人の中高生にIT教育を提供してきました。支援や応援をしてくれる企業には、レノボ、Google、マイクロソフト、オラクル等、グローバル大手IT企業が名を連ねています。
この全国ダイバーシティネットワークでも、大学の理系女性を増やすことに熱心に取り組んでいると思います。大学入試のひとつ、ふたつ手前の段階で女子の理系進学をエンカレッジするWaffleの田中さん、斎藤さんの問題意識と行動力は今後の事業のヒントになるのではないでしょうか。