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「森会長発言」はあなたの組織でも起きている 大人の組織に染みついたバイアス(2021年3月10日掲載) 音声読み上げ


ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東京大学情報学環客員研究員
治部 れんげ

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、2月11日、会長辞任の意思を示しました。それに先立つ2月3日、森会長は、日本オリンピック委員会(IOC)の臨時評議会で「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と発言、メディアや市民社会から「女性蔑視だ」と批判されていました。翌4日に開いた謝罪会見で反省と発言撤回の意思表示をしたものの、質問をした記者に逆ギレしたことが火に油を注ぐ格好になっていました。

国際オリンピック委員会は、当初、森会長の謝罪会見をもって、問題は終わったとしていましたが、批判が収まらないのを見て態度を変え、2月9日に「完全に不適切」と述べるようになりました。日本国内では、2月8日時点で390名の大会ボランティアが辞退を表明、コールセンターには4550件の問い合わせが寄せられました。このように、森会長の辞任は国内外のメディア、市民や選手にも広がった批判の結果と言えます。

本コラムでは、この出来事の教訓を多様性マネジメントの観点から考えます。一連の問題は、森会長個人に留まらず日本社会に浸透した課題を浮き彫りにしたからです。

もともと、2月3日の森会長発言は、スポーツ庁が定めるガバナンスコードが女性理事4割以上を求めることへの「個人的な感想」でした。IOCの公式会議で口にしたことで、国内外から批判を浴びたものの、同種の発言を聞いたことがある人はたくさんいるのではないでしょうか。

ある友人は、伝統的な日本企業で異例の昇進をしています。直属の上司はもちろん、本社からきた役員にも臆せず意見を言い、新事業を立ち上げて稼ぎ頭に育て上げる実力の持ち主です。そんな彼女を煙たく思い「きみは余計なことを言わなくていい」と言ってくる人は少なくありません。本人は「また、こんなこと言われちゃいました!」と冗談めかして報告してくれるのですが、弱気な人だったら、萎縮してしまうでしょう。

森会長発言の問題は、会議で意見を言うのはよくないのか、自分は発言しない方がいいのか、と多くの女性に思わせてしまったことです。私がさまざまな企業や官公庁と仕事をしていて気づくのは、女性が発言しない光景が多いことです。できるだけ、参加者全員に「●●さんはいかがですか?」と尋ねるようにしていますが、何も考えずにいると、喋っているのは私のように物おじしない女性と、男性ばかりということがあります。

ものを言えない雰囲気の会議で不利益を被るのは女性だけではありません。ある大学に勤務する知人男性は、カリキュラムと学生が身に着ける能力について意見を述べたところ、教授会では全く取り合ってもらえず、苦笑されて終わったそうです。「業界の論理ばかりで根本的な議論を避けている。このままでは大学は衰退する」と危機感を述べます。

振り返ってみれば私自身も若い頃、会議で出した提案を20歳以上年上の男性上司に一刀両断にされたことがありました。やり取りを見ていた男性の先輩が、後で個人的に「治部さんの意見は、正しいと思うよ」と言ってくれることもありました。ありがたく思う一方「どうしてそれを会議の時に言ってくれないのか」と不思議に思ったものです。

組織で真剣に仕事をしていたら、性別を問わず多かれ少なかれ、こういう場面を経験しているのではないでしょうか。森会長発言の問題点は「女性の話が長い」というジェンダーに基づく決めつけに留まりません。異論を許容せず、同調圧力に流されることを是とする組織運営にあります。これを温存していたら、変えるべきところを変えられず、組織は衰退していくでしょう。

森会長発言に対する世論で興味深かったのは、女性だけでなく男性も、怒っていたことです。女性蔑視に怒っていた人もいますし、モノ言う人を排除するマネジメントのあり方に我慢ができない、という人もいました。

小学6年生の息子に意見を聞いてみたところ「女性の話が長いというのは偏見」「ひどい」「決めつけ」と女性蔑視に怒った上で、こんな風に話してくれました。
「僕が5年生の時に、お楽しみ会で何をするか話し合った。クラスで話すから女性も半分いて、それで話し合いが進まないことは全くなかった。むしろ、女子が仕切ってくれたこともあった」

出所:令和2年度学校基本調査より筆者作

彼は保育園から小学校まで、男女がほぼ同数の環境で育ちました。令和2年度の学校基本調査によれば、小学校の教員に占める女性割合は62%(グラフ参照)。先生たちは子どもに対しては男女平等に徹しており、何かに秀でた同級生がいれば、男子でも女子でも「〇〇さんはすごい」と賞賛します。

このように、数における平等、扱いにおける平等がある環境で育っている息子と接すると、大人の世界が性別で分断されていることを強く感じます。女性教員の割合は進学するほど減っていき、中学校で43.7%、高校で32.5%、大学は25.9%となっています(同グラフ参照)。

企業も大学も、子どもの世界と比べるとメンバーやリーダーの性別・年齢のバランスが偏っています。そこで形成される無意識のバイアスに縛られ、森会長発言を「まあ、そうかも」「そんなに怒ることでもない」と受け流していないでしょうか。この機会に、自分の組織で起きている「小さな森発言」に気づき、変えていくようにしましょう。


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