ジェンダー平等のための指標とは?: UCLにおける大学評価制度「アテナスワン顕彰」の取組 (2021年4月9日掲載) 音声読み上げ
大阪市立大学 女性研究者支援室 プログラムディレクター、特任准教授
西岡 英子
皆さんの大学の女性研究者の割合はどのくらいでしょうか。日本の大学や研究機関の女性研究者の割合は、現在16.9%(2020年度)で、諸外国と比べても男女の不均衡が大きく、ジェンダー平等とはいえない状況があります。
女性研究者比率が30%前後の欧米諸国においても、学部生から大学院生、ポスドク、さらに講師、助教授、教授になるにつれ、女性研究者の人数が少なくなる人材の「水漏れパイプライン現象」が依然見られ、特にSTEMM分野になると、その傾向が顕著となります。大学や研究機関では、男女の格差を解消するために、様々な取組がされていますが、調査や引用に基づくエビデンスや評価のない努力は、体系的にみたときに、効果が不十分で、時には問題をさらに悪化させる場合もあります。そのため、欧米では、取組を評価するための評価指標や評価方法が検討されてきました。
EC(欧州委員会)では、2002年より、ジェンダー平等の枠組みプログラムを提供し、欧州各国にジェンダーバイアス是正のために研究機関のマネジメントや制度的構造の変化を促してきました。2010年にはプロジェクトの一環として、評価指標が開発されましたが、日本では、いまだに評価指標や評価方法が示されていないのが現状です。
一方、イギリスでは、大学の自己評価を行うためのアテナスワン顕彰(Athena SWAN Charter)がSTEMM分野の大学・研究機関、学部・学科等のジェンダー平等推進のために、2005年に創設されました。組織に文化的な変化を起こすための自己評価の枠組みとして導入され、2011年からは英国国立衛生研究所(NIHR)の医学部を対象とした研究費申請の要件にもなってきました。
著者は2019年9月、アテナスワン顕彰に精力的に取り組んでいるUCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)に訪れ、担当者や女性教員のヒアリングを行う機会を得ました。
アテナスワン顕彰には、銅賞、銀賞、金賞の3つの賞が設けられており、4年ごとに申請の更新が必要です(2020年以降は5年間に延長)。創設当初は、STEMM分野を対象にしていましたが、2015年から人文部・社会科学を含むすべての分野に拡大しました。専門的サービス・サポートスタッフ、民族性やトランスジェンダーの性自認の支援なども対象となっています。
UCLでは、2019年現在、大学では銀賞を受賞、学科単位では、39件の受賞実績があり、そのうち3件が金賞です。イギリス全体では、金賞を受賞している大学はなく、13の学科が受賞しており、UCLはそのうちの3件受賞しています。
アテナスワン顕彰は10の基本原則のもとに、8項目に分類された詳細な指標が定められており、それに沿って、申請書を作成します。
男女教職員・学生数や学生の成績、女性のキャリア支援方法(出産・育児支援、柔軟な働き方なども含む)、組織や文化などに関わる詳細なデータを収集・分析し、徹底的な自己評価を行います。男女間の不均等やジェンダー平等に向けた課題を特定し、対処するためのアクションプランを作成します。特に、採用・昇進のキャリアの変化を示すデータに注目し、人事評価やキャリア育成支援など、人事・雇用に関する指標が多いのも特徴の一つです。
申請書の作成は簡単なことではありません。UCLでは、申請書の模擬審査会を2回以上経て、70~100ページもの申請書を完成させる必要があるからです。学科長を含む担当教員6~15名の自己評価チームを設け、総長室内に設けたEquality、Diversity&Inclusions(EDI)のトレーニングを受けたアテナスワン担当者が、担当する教職員の申請サポートを行っています。
UCLでは、アテナスワン顕彰の取組を通じて、昇進プロセスで昇任基準に、特に女性の貢献が反映されていないことがわかり、2017年、大学というコミュニティへの貢献「シティズンシップ(市民性)」を重視し、教育と研究を同等に評価した昇任基準に改定しました。その結果、女性の教授への応募数が倍増し、教授比率が30%を上回るまでに上昇しました。昇任基準の透明性や公平性を高め、学科内の誰もが学科長に応募できる方針を設けたところ、学科長の女性の割合が16%(2014年)から33%(2020年)に倍増しました。
データの取り方を工夫することで、学科内の気づきが生まれ、活動が促進されており、「データは、重要な『モチベーター』」とアテナスワン担当者は言います。また、アテナスワンを通じて、「学科内で昇進基準を伝えるワークショップやメンタリング、履歴書の検討などにより、昇進に慎重な女性を後押しして、昇進するまでの準備を促してきました」と振り返ります。
サラ・E・モール教授が所属する分子細胞生物学医学研究所は、2016年にUCLでは初、イギリスでは8番目に金賞を受賞しました。モール教授は、2008年からこの活動に精力的に取り組んでおり、2017年には、その功績が認められ、UCLの学長付ジェンダー平等特使に任命され、国外で好事例の紹介や支援を行っています。モール教授は、女性グループリーダーへの昇任を増やすために女性のキャリア開発トレーニングの受講率を80%に上昇させ、ロールモデルとなる女性の講演者数が約30%に過ぎなかったところを最大50%までに増やしました。さらに、上司との面談時に話しにくいこともシステマティックに話せる人事評価チェックリストを考案し、全学的に普及しました。モ-ル教授は、「すべての人への利益の保証は、最も不利な人にも利益をもたらします。私たちの働き方が次世代の標準になり、次世代が次のポジションに移動するとき、優れた実践を実行できるよう徹底して取り組んできました」と話します。モール教授と同様にアテナスワン顕彰に取り組む女性教授は、「賞の獲得には相当の仕事量を要します。しかし、大学の文化を変えることは努力に値すると信じています。大変な作業ですが、大学の『財産』です」と笑顔で語ってくれました。
大学レベルでの受賞はトップのリーダーシップ、学科レベルでの受賞は教職員の連携による実践の評価であり、UCLでは、こうしたトップダウンとボトムアップの相乗効果を得て、短期間に大学の文化を変革し、ジェンダー平等を促進してきたことがわかります。わが国もジェンダー平等を加速させるために、アテナスワン顕彰のような評価指標の検討が必要と思います。