LGBT学生対応、方針作成は1割以下 高等教育機関に求められる施策ときめ細やかな視点(2021年7月21日掲載) 音声読み上げなし
一般社団法人fair 代表理事 松岡 宗嗣
2020年の自殺者数が、2009年以来11年ぶりの増加となり、特に女性と若年層の自殺者が増えたと報道されるなど、新型コロナウイルスの影響が女性や子ども・若者に大きく出ていることは各所で指摘されている通りです。その中には、もちろんLBT女性など性的マイノリティも含まれています。
昨年6月に「プライドハウス東京」が公表した、新型コロナによるLGBTQユースへの影響についてのアンケート調査では、4割弱がコロナ禍で「セクシュアリティについて安心して話ができる人・場所とつながれなくなった、つながりにくくなった」。また、約7割が「家族などの同居者との生活において困難を抱えている」と回答しています。
例えば、20代のトランスジェンダー女性で「バイト解雇により無収入になった。学費も家賃も保障はない」、10代のトランスジェンダー男性で「単身赴任をしていた父が家に戻ってきたが、私がトランスジェンダーであることに否定的であるため、娘として扱われ、娘らしい振る舞いを求められるようになって辛い」などの声が寄せられています。
前回までの記事でも指摘した通り、「LGBTQ」という括りにおいてもジェンダー平等の観点なども加味した上で、高等教育機関では性的マイノリティに対するきめ細やかな対応が求められています。
ガイドライン作成は1割以下
性的マイノリティの学生に対するサポートについては、国際基督教大学や早稲田大学、筑波大学や名古屋大学、福島大学など、近年さまざまな大学でガイドラインが策定されつつあります。いずれも、特にトランスジェンダーの学生の施設利用や氏名・性別情報の取り扱いや管理などから、性的マイノリティ当事者の相談対応、就活・キャリア支援などのサポートについて広く記載されています。
一方で、全体的な取り組み状況を見てみると、性的マイノリティ学生支援の大学関係者ネットワーク「UDA」の調査では、回答した大学のうち約4割が「LGBT等の学生に特別な配慮」をしていた一方、ガイドラインを作成している大学は8.7%にとどまっています。日本学生支援機構の調査でも、方針を作成している大学は7.7%でした。まだまだ全学的な方針等を固めている高等教育機関はほんの一握りで、今後の取り組みの広がりを期待します。
ここで私の学生時代について振り返ってみたいと思います。
私は2013年に大学へ入学しました。クラスやゼミなどではカミングアウトし、ほとんどの人は好意的に受け止めてくれた一方で、一部でホモネタを聞くことはままあり、授業の中でも教員から差別的な言葉が発せられたこともありました。
同じ大学に通う性的マイノリティの友人のうち、周囲にカミングアウトしている人はほぼゼロでした。私はLGBTQの学生サークルに参加し、他学部でしたがジェンダーセンターの先生方と繋がることができたため、セクシュアリティに関する話や相談は気軽にできました。
当時は、特にトランスジェンダーの友人の場合、授業で回される出席確認の紙にフルネームを記入することで、次に書く人が名前の“男っぽさ”(または“女っぽさ”)と見た目の不一致に驚かないか不安だという話や、健康診断やゼミ合宿のトイレや入浴などで個別対応をしてもらえるかなど、さまざまな困りごと一つひとつを大学側に確認し交渉しなければならない状況でした。
相談のハードルを下げる
ジェンダー論の授業を他学部から潜って受けていた当事者の友人もいました。こうした授業が本人にとってのセーフスペースにもなっているようでした。
以前から大学のジェンダーに関する研究機関などを中心に、性的マイノリティ学生に対する個別の支援は行われていましたが、2015年に早稲田大学で性的マイノリティの学生をサポートする「GSセンター」が設置されたことはニュースでも大きく報じられました。
この動きは広がりつつあり、明治大学が2020年2月に「レインボーサポートセンター」を開設。中央大学は2020年4月に「ダイバーシティセンター」を開所し、いずれも性的マイノリティに関する専門のコーディネーターを置いています。
私の学生時代も、当事者の友人のほとんどは「学生相談窓口でジェンダーやセクシュアリティについて相談ができるわけがない」という前提でした。相談に行ってみたら二次被害にあってしまったという人もいます。専門のセンターができることで、相談のハードルが下がるでしょう。
一方で、センターに行くこと自体がカミングアウトに繋がるのではないかという懸念の声や、そもそも困りごとを言語化できておらず相談に至らないということもあります。こうしたセンターは当事者・非当事者を問わず利用できる前提ですが、特に当事者の困りごとをすくい上げられるようなイベントなどを開催し、ゆるく交流をする中で相談に繋がるような工夫もなされています。コロナ禍で特に繋がることが難しくなっている現状だからこそ、より相談のハードルを下げていくことは今後も重要になってくるでしょう。
可視化されづらい困難
厚労省が委託実施したLGBT職場実態調査を見てみると、カミングアウトしない理由として「仕事をする上で性的マイノリティであることは関係がないから」と回答するバイセクシュアルの当事者が突出して高い一方で、メンタルヘルス不調の割合もLGBTのうちバイセクシュアルが最も高い傾向が出ています。
LGBTQコミュニティの中でも、バイセクシュアルが排除されてしまう問題は随所で指摘されていますが、他にもパンセクシュアル※1、アロマンティック※2・アセクシュアル※3、Xジェンダー※4やノンバイナリー※5など、当事者の存在や困りごとが可視化されづらい性のあり方の人たちの課題に意識的に目を向けることも重要だと考えます。
2018年にお茶の水女子大がトランスジェンダー女性の学生受け入れを発表して以降、歓迎の声も広がる一方で、特にインターネット上のトランス女性を排除する言説も強まっています。実態に即さない誹謗中傷が多く見られますが、こうした言葉を見聞きし精神的にダメージを受けてしまう学生のサポートもより求められるでしょう。
性的マイノリティをめぐる最近の大きな変化としては、2020年11月に「一橋大学アウティング※6事件裁判」の控訴審判決で、アウティング※6は「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって、許されない行為であることは明らか」だと明言されました。
第二回の記事でも触れた通り、2020年6月施行のパワハラ防止法でも、SOGIハラやアウティング※6がパワハラとして位置付けられ、防止対策を講じることが義務化されています。
これは、もちろん高等教育機関も含まれるため、すべての教職員は性的指向や性自認に関する適切な知識を有することが必須ということになります。教職員間のハラスメント防止対策は法的にも義務となり、学生に対する対応は「望ましい」とされていますが、文科省が通知を出しているように、今後積極的なハラスメント防止の取り組みが期待されます。
※1 パンセクシュアル:性的指向が性別にとらわれない人
※2 アロマンティック:他者に恋愛的に惹かれない人
※3 アセクシュアル:他者に性的に惹かれない人
※4 Xジェンダー(エックスジェンダー):性自認が男女どちらでもない、どちらとも言い切れない、あるいはいずれにも分類されたくない人
※5 ノンバイナリー:性自認が女性か男性という二元論にあてはまらない人
※6 アウティング:本人の性のあり方を同意なしに第三者に暴露すること