【近畿ブロック】案ずるより産むが易し?(2021年8月23日掲載) 音声読み上げなし
大阪市立大学 人工光合成研究センター 准教授 藤井 律子
私たち夫婦は共に研究者で、現在は小1と中2の二人の息子との四人暮らしです。私は太陽光を生きていくエネルギーに変える光合成の仕組みに興味を持っており、将来的にこの原理を太陽光から人類の使うエネルギーを生産する仕組みに活用するという目標を胸に、日々学生さん達と一緒に基礎研究をしています。
私が大学卒業時に描いていた将来像は、家庭をもち、自分の子供を育てる研究者になりたいというものでしたので、順調に夢は叶いつつあります。受動表現なのは、現在の状況があるのは外的要因が大きいためです。まず子供達が健康に産まれたこと、そして周囲の人々に恵まれたことです。出産は夢の実現には欠かせないライフイベントでしたが、妊娠期間中は自分の無力さを痛感し、ポジティブさが取り柄の私でもこの時ばかりはネガティブになっていました。この時周囲の方々は、私の意見を尊重して、できる限り私の希望に沿うように助力をして下さいました。感謝に絶えませんが、私の思い描いた通りにはいかなかったこともありました。このコラムではその反省も踏まえ、私だけの努力ではどうにもならなかった時期の経験について、ご紹介しようと思います。
35歳9ヶ月で第1子を妊娠した時の懸念は主に、生まれてきた子供に障害があったら研究を継続できないだろう、という点でした。当時は大学雇用のポスドクでしたので、産休育休もあり、ボスは大変協力的だったので契約更新の見通しもありました。こう並べてみると贅沢な悩みだったかもしれません。しかし高齢出産がハイリスクであることは確かで、本人は真剣に研究をやめて育児に専念する将来も覚悟しました。3月に妊娠発覚後、6月の国際会議への出席も取りやめ、能力を体力で補うこれまでの実験スタイルを封印し、なるべく学生さんの力を借りるスタイルに改めるなど、周囲の方の助言も可能な限り取り入れて、精一杯「身体を休め」て「心を穏やかに保つ」生活を心がけました。それでも復帰できない想定で、その時最終年度だった科研費の延期措置はとらず、区切りをつけて終了してしまいました。その甲斐あってか妊娠中は順調でしたが、産休に入った途端に転んで逆子になり、破水して入院、陣痛促進、最後に緊急帝王切開というフルコースの難産でした。それでも、少し衰弱はしましたが幸い母子ともに健康で、半年の休業で復帰できたので、全てが杞憂となりました。復帰後も、ボスの研究テーマに参画しながら体力の回復に合わせて徐々に研究を開始する中で新しいテーマにも出会い、順調に研究を進められました。
第2子を妊娠したのは42歳10ヶ月、上の子が小学校に入学する直前でした。大学の常勤准教授に就職し、PIとして研究室を運営して1年目、第1号の卒研生の受け入れが決まった頃でした。妊娠当初より、帝王切開の予定でしたので、出産への不安はなく、懸念は休職中の研究継続と速やかな復帰でした。常勤の教員が休職する際に何を準備すれば良いのか全くわからなかったので、講座の教授が頼りでした。教授とは研究テーマが違いましたが、卒研の主査と大枠での学生の指導を快く引き受けて下さいました。そこで、研究指導は休業中も私が直接遠隔でしようと考えました。産院や実家にいることを想定して、携帯電話と電子メールで相談しながら研究を進める計画です。そこで当時雇用していた研究員さんを実験生物の維持管理という名目で休業中も継続雇用できるように大学と交渉し、外部資金は科研費、さきがけ共に中断/延期の手続きを行いました。けれども産休に入った途端に妊娠高血圧を発症し、主治医から、パソコンの画面を見るのは控えてなるべく目を閉じて横になっているように、と指導が入ってしまいました。まさに青天の霹靂。幸い出産に問題はなく、子供は健康体でしたが、結局休業中ずっと高血圧で遠隔指導はほぼできず、郵送で時々送ってもらった研究報告に電話で回答する程度になってしまいました。PI不在の研究室をなんとか回してくれた当時の研究員さん、学生さん、ご助力くださった周囲の方々には本当に感謝しています。
これらの体験より、出産にかかる休業中には、研究を継続するのではなく完全に中断することを前提に準備した方が上手くいくのかな、と考えています。同時に、一人P Iで学生を指導する上では、自分に何かあった場合に研究内容の指導を一時期委任できるような近しい研究者を作ることの重要性を強く感じました。そのため復帰後は、共同研究を積極的に進めています。それだけでなく、価値観を共有する研究者と共同研究を通して対等で密な議論をすることは、小さいグループのPIである私にとっては活力の源となっています。
最近増えてきたとはいえ、育児を続けつつ研究をするには周囲の皆さんのご理解と寛容さに頼らざるを得ません。私の周囲の皆さん、いつもお世話になっています。何もなければ普通に頑張っておりますが、何かあったときにはご助力をいただければ有り難いです。今後ともどうぞよろしくお願いします。