【近畿ブロック】多様な人の参画(2022年8月4日掲載) 音声読み上げなし
神戸大学ジェンダー平等推進部門長 大学院保健学研究科 准教授 野田 和恵
わが子たちが成人した今、子育て中のことを振り返ると、大変だったことより、助けられたことばかりが思い出されます。職場のそばに住み、夫が長距離通勤をすることで私の育児時間を確保しても困ることがいろいろありました。
事故で保育園に迎えに行けない時、同僚が行ってくれることになり「迎えに行く男性に子どもを引き渡してほしい」と保育園に電話をしたことがありました。
子どもが家の鍵を忘れたと学童保育から連絡が入った時には、私は隣市で業務中でした。事務職員が「先生、お子さんを連れてスーパーで買い物をしているからそこまで迎えに来て」と電話をくれて、急ぎ戻ってスーパーで彼女から子どもを引き取りました。
気象警報で学童保育が中止になった時は、子どもの友達の祖父母がわが子も一緒に連れて帰ってくれて、迎えに行った私に夕飯のおかずを持たせてくれたことも。働くママ友の発案で、私がわが子と友達用に2つのお弁当を作ると、その翌日はママ友が2人分を作りました。こうして毎日のお弁当作りが隔日でよくなり大助かりでした。
ほんとうに多くのひとが手を差し伸べてくれました。
恵まれていた私も子育ての苦労や困難を聞く機会が多くなり、心を痛めています。今の子育ては昔より大変になっている感があります。今は電子メールが毎日大量に届き、グローバル化、大学改革、コンプライアンス遵守などで、会議や書類書きも驚くほど増えました。入試の種類が増え、それに伴い入試業務も増えています。これにコロナ禍が追い打ちをかけました。遠隔授業実施後から休日や時間を問わずメールが届くようになったと嘆く声も聞きます。大学運営業務でこれだけ大変になっているのに、バリバリ研究もして、さらに子育てが加わるのはとても大変です。われわれはどうすべきなのでしょうか。みんなのワークライフバランスはどうしたらよいのでしょう。
先日ラジオで聞いてはじめて「ゆるブラック企業」なるものを知りました。「残業もないが成長もない」といったぬるま湯的職場環境をさすそうで、労働時間が短くて上司や先輩との関係がよい働きやすい職場が増えているそうです。しかし若い人はその職場を「ゆるブラック企業」と揶揄して、いずれ離職することすら考えているといいます、自らを成長させるしくみがここにはないと。一見、若手にとってよい仕組みが、若手には不評。なぜこのようにミスマッチになってしまったのでしょうか。若い人の意見を聞いていたのか、多面的に考えられたのか、組織や構造の多様性がある中で検討されたのかなどと考えてしまいます。
マシュー・サイドはその著書「多様性の科学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2021)の中で、英国のジャーナリストのレ二・エド=ロッジの体験を紹介しています。彼女が自転車と電車で通勤を始めて、大半の駅にスロープがないことに気づき、ベビーカーを押す人や車いすの人に思いを巡らせるように。このことが世界を新たな目で見直す機会になったといいます。体験して初めてわかることがあり、「盲点は目に見えない」という語は印象的です。ここでは経験が新たな目で見直す機会になることが示されていますが、チームならこの経験は構成員に共有され、さらに発展できると考えられます。また同書はスウェーデンのある町の政策決定の変化についても書いています。何十年と無意識に続けていた『主要道路から始めて歩行者専用道路で終わる除雪作業の順番』が、歩行者が滑ってケガが多い歩行者専用道路から除雪を始めることに変わったのは、意思決定の場に女性が参加したことが契機だそう。女性は公共交通機関の利用や徒歩が多く、その利用者の視点が生かされたそうです。まさに多様性の重要性や価値を示す例です。
ゆるブラック企業、多様性による成功例などを見聞きし、是非とも多様な人が参画するかたちでワークライフバランス改善に取り組まなければならないなあと考える今日この頃です。