【北海道ブロック】「だめ人間」かもしれないけど、見つけた道(2022年11月8日掲載) 音声読み上げなし
北海道大学大学院文学院表現文学論講座 欧米文学研究室 博士後期課程1年 白井 那奈
わたしはジェンダーとセクシュアリティに関心を持ちながら英米文学を研究する院生です。と一行目を書いておきながら、自分を説明する言葉はそれだけには収まらないと感じています。それは、ひとつのことが続かず研究者に向かない「だめ人間」だからかもしれません。でも、研究者のダイバーシティについて考えるきっかけにはなるのではないか、と肯定的にとらえさせてください。
北海道大学文学部在学中は、やりたい!すきだ!と思ったことに挑戦することができ、(一年間の休学を含め)充実した5年間でした。支えてくださった当時の研究室の教授、先輩後輩、同期の友人、そして家族には感謝してもしきれません。卒業後は東京の会社に就職するため上京し、その後1年も経たないうちに退職して地元の北海道に帰ってきました。それまで勢いよく突っ走ってきたわたしでしたが、このときは急にブレーキがかかったような気持ちでした。振り返ると、休学中の語学留学でも予定していた期間を切り上げて帰国しており、頑張らなきゃいけないときに踏ん張れない、だめな人間なんだ…と落ち込みました。途中で辞めてしまった留学と仕事ですが、その二つの期間を通して、わたしはジェンダーとセクシュアリティについてぼんやりと関心を持っていました。学部時代の恩師に相談したところ、今の研究室をご紹介いただき、英米文学とジェンダー、セクシュアリティ学を専門とする瀬名波栄潤先生の研究室に入りました。そこで修士号を取得し、現在は博士後期課程に在籍しています。急にブレーキがかかったところから、また加速し、それからはなんとか走り続けることができています。
わたしの研究テーマは「英語圏文学におけるケア」です。わたしたちは生まれてから死ぬまでずっと誰かに/なにかにケアされています。しかし、自立/自律を重んじる社会でケアの価値は看過され、現在世界中で女性や移民など弱い立場の人たちによって多くのケア活動が担われています。小説や詩などの文学には、人間生活に欠かせないケアが様々な形で描かれています。わたしは、主に南アフリカ出身の現代作家J. M. クッツェーの小説を対象として文学におけるケアの在り方を論じながら、現実の社会で問題となっているケアの欠如についても考えています。といいつつ、現在の研究テーマは自分の経験と関心から辿り着いたものです。わたしは自分と祖母の関係について悩んでいた時期があり、修士課程では女性の老いの文学表象について研究していました。そして、老いからケアへと関心は移っていき、介護や看護のみならず幅広くケアを捉えるようになりました。このように自分の悩みを出発点にして、研究をしています。
日々、わたしは安全走行できているわけではありません。今もコラムを書きながら、何が不安なのかも曖昧なままに「もうだめかも…」と頭を抱えています。博士後期課程に進んでからは、給付奨学金や非常勤講師の仕事があるおかげで金銭面の不安は和らぎました。しかし、計画的な人生を送ってきたわけではないわたしは、今後のことが分かりません。研究を続けたい多くの文系院生が抱える悩みは、就職のことだと思います。特に文学研究をする院生にとって、アカデミア以外の就職先はイメージしにくいままです。ですが、わたしは悩んでいるときに次の道を見つけてきました。そんなときこそ発見があると、文学研究をしながら思っています。
本ウェブサイトにてコラムを見ていると、研究者の先生方がご経験されてきた苦労や努力を赤裸々に綴っており、大変参考になりました。また、「研究者はこうあるべき」という姿にとらわれている自分がいることにも気付かされました。同じ院生のみなさん、そしてこれから進学を考えているみなさん、わたしのコラムからみなさんを勇気づけることができれば幸いです。