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【中国・四国ブロック】過去の自分からの贈り物、
それが“Present”(2023年9月4日掲載) 音声読み上げ


広島国際大学 薬学部薬学科 特任助教 山下 ユキコ

『女性研究者』『男女共同参画』『女性管理職比率の向上』などなど、“女性”をフォーカスしたキーワードが社会に広く深く浸透し、もはや、女性の社会進出は特別なことではなくなったように思います。私自身、日本私立学校振興・共済事業団より「2022年度 女性研究者奨励金」に研究課題が採択され、研究活動のご支援を頂きました。まさに女性でなければ、受けられなかった支援です。このように、最近では女性研究者を支援する助成金も増え、さまざまな学会でも女性研究者を支援する奨励賞の枠が設けられるなど、多くの女性研究者にとって追い風となる機運が盛り上がり、先人となる女性研究者の皆様の活躍の恩恵を受けていることを実感する日々です。その一方で、女性研究者のライフイベントについては、まだまだ課題があるように思います。私自身、出産についてはとても悩みました。

私が歩んできた研究者としての道のりは険しく、任期付教員として研究分野を転々としながら、なんとか居場所を見つけるような苦しい日々でした。実績を積みかけては振り出しに戻る不安定な環境の中で、出産や育児で長期間“休む”ことは研究者生命の終わりにつながるような、そんな思いでした。社会制度の改革も進み、産休や育休も一定期間きちんと取得でき、「働く女性を支援する制度」はどんどん充実しているように思います。ですがそれは、あくまで安定した雇用環境下で成立するもの。任期付雇用のような“代わりはいくらでもいる”状況では通用しないだろうと強い不安を覚えていました。研究に打ち込み、実績を作り、将来に向けた土台を築かなければいけない時期と出産適齢期はみごとに重なり、そこに不安定な雇用環境が相まって、自分がどうすべきなのか分からなくなった時期もありました。

そんなとき、当時勤めていた職場において、年度末での任期満了を迎えるにあたり契約更新の話を頂きました。安堵したのも束の間、その話を頂いた翌月に、急転直下、年度末を以て契約を打ち切るという通告を受ける事態に見舞われました。何が起こったのか分からなくなり、事態が受け止められず将来への不安と焦りが一気に押し寄せました。自分の何が至らなかったのか、どうすればよかったのかを考えるにつれ、不遇を支えてくれた家族に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自分の存在に希望を持てなくなっていました。

その後、周囲の助けもあり、研究員として広島国際大学薬学部に在籍することが叶い、なんとか研究を続ける環境に身を置くことができました。しかしそれも、あくまで有期的なものでした。新しい環境で頑張らなければと思う一方で、もうダメかもしれないと後ろ向きな気持ちにもなっていました。第1子の妊娠が分かったのが、ちょうどその時でした。嬉しいという感情の前に、4月からお世話になるにもかかわらず、どうしよう…というのが正直な気持ちでした。どういうつもりだ!と怒られることも覚悟しました。でも、新しい命は、私に生きる希望をくれました。もうダメならダメでいいや!という気持ちで配属予定先の先生に妊娠を伝えたところ、なんと、あっさりOK。淡々と、4月以降の実験計画についてお話をしてくださいました。女性であることや、妊婦であることを特別視せず、ライフイベントを尊重し1人の研究者として育てようとして下さる姿勢が本当にうれしかったのを覚えています。

あれからもう11年経ちました。あの時に出産した長男は今年10歳になり、少年野球に夢中です。彼の存在は私に生きる意味を与え、彼の成長は私に多くのものを与えてくれました。子育てと研究教育活動の両立は想像を絶する大変さでしたが、駆け抜けてきたこの11年間のすべてが教員として、研究者としての糧となり、未だに任期付きではあるものの、学生に囲まれた幸せな教員生活を送っています。また、研究面においても、私が冒頭で不遇と称した“研究分野を転々とした日々”のおかげで、多岐にわたる分野の先生方との共同研究の機会に恵まれ、研究活動も大変充実しています。

Present”には「贈り物」という意味のほかに「今、現在」という意味もあるそうです。“Present”は“Pre-sent [前もって(Pre-)贈られていた(sent]”もの。つまり、「現在の自分は過去の自分からの贈り物」という意味だそうです。苦しくて辛くても、もがきながら前に進むことは、きっと未来の自分への“Present”になります。感謝の心を忘れず、強い心で、日々を過ごしていきたいと思います。


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