【北海道ブロック】マイノリティとして研究する道(2023年11月1日掲載) 音声読み上げなし
室蘭工業大学 大学院工学研究科 准教授 矢島 由佳
「変形菌(粘菌)って知っていますか?」という質問に、おそらく世界の数%の人しかYesと答えないと思います。そんなあまり知られていない生物を、私は研究しています。さらに研究者として絶滅危惧とさえ言われる分類学者をこの生物で志している私は、常に色々な意味でマイノリティです。大変そうな道を選んだように見えるのですが、逆にそのおかげで多くの師と呼べる多様な方々に出会い、研究を続けることができています。
生物学の研究者は、結構な割合で小さいころから生物の道に没頭してきた人が多いように感じます。私はそういう面では遅く、変形菌を知ったのも高校時代、分類学が面白いと思ったのも大学に入ってからでした。ただそこからが速く、ありがたいことに人脈の高速道路に乗ったように多様な方々に出会わせていただき、今も多くのことを学んでいます。しかし現実は、日本に変形菌学を掲げた大学の研究室すらなく、世界でも変形菌の分類学や生態学といった基礎学問を専門としている人は現在数十人しかいません。多くの人が研究しているメジャーな生き物の流行りの学問分野から見ると、全然高速道路でもなく、むしろ何もない田舎道にぽつんと置かれ、さあどこへ行けば?といった感じです。
このぱっと見何もなさそうな道に、全然違う方向から色々な先生が現れてくださっています。メジャーな分野であれば、多くの研究者から適したロールモデルとなる師を選ぶことで、より速く効率的に研究が進められる利点があると思います。一方でマイノリティは選ぶにも人数が少なく、ぴったりという師はなかなか存在せず常に回り道で時間がかかります。ところが研究の世界というものはありがたいことに「自分が知らないことを知っている人」の集団のため、この話ならあの人がいいよ、と人が人を繋いでくださいます。私は幸運にもはじめに出会えた植物分類学の師匠が、適切な方々を紹介してくださり、その方々がさらに適切な方々をと、何もないように見える田舎道で人脈のヒッチハイクに乗せていただき、気づけば信頼できる多くの研究仲間が世界中にいるようになりました。メジャーな学問からすると歩みはゆっくりですが、その分、想定を超えたイレギュラーな問題が起こっても対応できる柔軟性が高くなっていくように感じています。
このような柔軟性は、そもそも「柔軟性がないとやっていけない」というマイノリティならではの問題のおかげ、と思います。例えば私が専門としている変形菌は、生物としていわゆる「例外」のオンパレードなため、教わったことをそのままやっても上手くいきません。実験一つとっても、一般的な手法がすんなり適用できたためしがありません。そのため、必然的に多様な手法を学び、かつ対象とする生物が“一般的”とどう違うのかを深く検討し、最適解を見つけ出すべく多様な試行を繰り返し、柔軟に対応する必要があります。当然時間がかかり、この間にメジャーな生物ならもっと研究が発展するのに、と思うわけです。しかし彼らのおかげで科学技術は発達し、我々マイノリティのおかげで地球の多様性に柔軟に対応できる、と考えれば、やはりどちらも必要な学問なのだと思います。
マイノリティとして研究していると、今後どうやって道を進めたらよいのだろう?と悩んでいる方もいらっしゃることと思います。ロールモデルを決めると迷いが減り、研究や人生に集中できる利点もあります。しかし私たちも生物である以上、一人として完全一致ということはないですし、多様な“師匠”から多くを学び自分の身としていくのもありだと思っています。マジョリティにはマジョリティの、マイノリティにはマイノリティの利点があり、それぞれにしか見えない世界があります。それぞれの強みを尊重し、より多様な分野の学際的研究が進み、地球上の生物をより彼らが生きているままに認識できる世界になっていけばと思います。