【九州・沖縄ブロック】学問/研究におけるパトロンの見つけ方とサバイバルのための理科教育(2024年10月23日掲載) 音声読み上げなし
九州大学 応用力学研究所 大気海洋環境研究センター 准教授 江口 菜穂
日本気象学会 第43期理事 (人材育成・男女共同参画委員会委員長)
日本大気化学会 第13期運営委員 (男女共同参画・人材育成委員会/委員長)
日本地球惑星科学連合 ダイバーシティ推進委員会 若手育成WG委員
コラムを書かせていただける機会を頂戴したので、特に理工系に進学したい(した)がロールモデル(相談者)が近くにおらず、壁にぶち当たっている人(女子中高生・大学生・院生・若手研究者・技術者)に届くとよいなと考えて、一女性研究者として赴くままに一筆書かせていただきます。
技術の進歩の陰でそれを支える日本の理工系人材の不足は喫緊の課題です。AI等の技術が普及してもそれを理解して操作できる人材は必ず必要です。人口減の日本にとって、老若男女関係なく理工系スキルを身に付けていく時代になっていると思います。その一方で日本は理工系分野の女性比率がとても低いことが知られていますが、それは決して能力の男女差の問題ではなく社会構造や無意識のバイアスの影響であると言われています。その払拭のためには、政治(政策)的に解決しているべきことと、組織や個人が目標を決めて努力をする必要があると思います。そして現在は、女性にとってはしんどい時期~過渡期にあります。それを乗り越えるには、女性の皆さんが周囲に何を言われようとも自身のやりたいことを貫く精神と、それを支える理解者の存在が必要なのではないかと感じています。我儘を通せば思い通りになるという発想ではなく、周囲の人の理解を得ながら自身が楽しんで周りも巻き込むと自身にプラスになって返ってくるという発想です。
よくロールモデルを提示しようという企画が多く(本稿もそれ、と思いますが)、キラキラした部分のみクローズアップされがちですが、泥臭いことのみを集めたロールモデル集もあってもよいと感じています。ただ公には掲載できませんので、セミナー等の企画でなされるものだと理解しています(よって積極的にイベントに参加することをお勧めします)。そのキラキラ感が眩しすぎて、自分にはできないことをやっている人、自分とは能力が異なるので自分にはできないと逆にプレッシャーに感じる人もいます。その発想はごく自然にでてくる感情なので、それを素直に受け止めればよいと思いますが、前に進むためには人の経験を自分の肥やしにするくらいの図太さがあってよいと思います。女性コミュニティでは協調性、親和性(無意識の圧?)が重んじられる感が否めませんが、時に人と違うことをすることがどれほど快感かを知ってみることも大事かと思います。女性にはそれができると思います。なぜなら女性の中には既に(女性の方が男性よりも)多様性が存在しますので、人と違ってよいことを自他認めて各々の人生を楽しんでもらいたいと思います。
個人的な話をしますと、自分はかなり恵まれた環境でここまでこれたと感じて、日々感謝して過ごしています。子供の頃から根拠のない自信をもって(そう育ててくれた親、兄弟妹に感謝しています)活動してきているため、かなりポジティブ人間でそのような得な性格も功を奏して(自分は幸せだと思わされて)いると思います。子供の頃からの夢の実現、大人になってからの少し高いハードルを今飛び越えようとしています。そのための努力はしてきていますが、周りの人に自分のチャレンジしたいことを聞かれてもないけど話しまくっているのも幸運を引き寄せているのかもしれません。先程書きましたが、理解者(相談者、ただ話を聞いてくれる人も含む)を得ることは自分を客観的に観て、進むべき道(ルート)の候補を指し示していただくには必要な存在です。人に話すことで自分の意見をまとめることにも繋がります。理解者を見つけるのは簡単でもあり、実は難しいことでもあります。その難易度は当人の置かれた環境やぶち当たっている壁(課題)に依存するので、その都度理解者を増やしていくのがよいかと思います。一点、注意点は、理解者の助言は無下にしないこと、です。自分でも後輩等にこうしたらよいよとアドバイスしても結局その通りに動かず、よい結果が得られていないのを見ると、何とも言えない切ない気分になりますよね。なので、アドバイス通りにしなくてもそれに近い方法でトライして、結果を報告するのがよい関係構築に必要かと思っています。あと、自分と異なる意見や方法を提示された場合、迷いますよね。その場合は実際やってみて、それでダメならさらに別な人にも意見を聞いてみてよいです。迷ったら全部やる勢いで取り組んでみてください (私が大学院生の時、食堂でどれ食べようかなと迷って、なかなか食べるものを決められなかった時にしびれを切らした元ラグビー部の先輩から「迷ったら全部喰え!」というアドバスに端を発します。その当時、自分も「あ、そうか」と腑に落ちてしまいました)。特に学生の内は自分の時間が多いにある(子供を持つと自分の時間が本当にない)し、失敗は肥やしになるので、どんどんチャレンジしていって欲しいです。
最後に、私が今一番気になっているのが、初等中等教育での理科に関してです。(これはどちらかというと親世代と潜在的親世代の人に伝えたいメッセージです。)これだけ生活やインフラの中に科学技術が溢れているのに、それに興味を持ち、担う人材が減っているということと、初等中等教育課程で理科を専科として教える教員が減少しているという事実です。これは本当に危惧されることで、政策的にまた各教育委員会も本腰をいれて取り組んで頂きたい社会的課題と考えています。それとは別に小・中学生を持つ親も意識的に科学技術に触れる機会を設けて欲しいと思っています。理科の授業は実験や実際の自然観察を通して五感をフルに使って知識を学べる、得られる唯一の教科と思います。受験(特に大学受験)に不要だからという安直な考えで理科教科をないがしろにしないでいただきたいと切に願います。教材もそこら中に転がっています。普段の生活で一杯一杯でもふと足を止め、足元の草花や虫に気を留めてみるとか、子供と一緒に将来の日本の気候を調べてみるとか、知識を得ることで親も子供も違った世界が広がると思います。私は大気環境が専門ですが、今後ますます気象、気候は生活に影響を与える存在だと思います。そういった意味でも自然科学含め理工系の知識は将来を生き抜くうえで必要不可欠な技術、知見と考えます。
経済的や身体的に自由にできないことがあるかと思いますが、学びはいつでもどこからでもできると思うので、環境が整えば性別や立場に関係なくやりたいことをやれる人生であって欲しいと願っています。また日本人は自己肯定感が低く謙遜の社会でこれまで育ってきたのも一つの課題かと思っています。親が子供の自立や自由を促し、その個性にあった学びを提供する。また親世代も常に学ぶ姿勢を保つ、そんな社会であって欲しいと願います。