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【東京ブロック】言語とジェンダー ~ダイバシティの推進に切り込む社会言語学の研究~(2024年12月25日掲載) 音声読み上げ


東京農工大学 工学研究院 言語文化科学部門 准教授 任 利

人生が100年ならば、私は今、人生の折り返し地点にいます。研究生活25年目、子育て15年目を迎えるこの時期に、「女性研究者の声」というコラムを書かせていただく貴重な機会をいただき、大変光栄に思っております。

私は中国生まれの言語学者で、「言語とジェンダー」を研究しています。中国では、かつて“妇女能顶半边天”(女性は天の半分を支える)と言われるように、女性は“半边天”(天の半分)とも呼ばれます。それは、中華人民共和国成立以来、憲法と婚姻法に男女平等が明記され、女性は“男主外女主内”(男は外で働き、女は家の中で家事・育児をする)といった旧来のジェンダー規範から解放され、「家」の内外で社会の一員として認められるようになったからです。

その後、半世紀以上にわたり、国家が率先してジェンダー役割の改変を実行した結果、女性の社会進出が奨励され、経済的自立が女性解放の第一歩とされ、女性の地位が著しく向上してきました。さらに、女性が結婚や出産に影響されずに職場を確保できるため、結婚や出産しながらも定年まで仕事を続けることができます。夫婦共働きが一般的で、男性も家事や育児をします。つまり、中国は「両性ともに働き、家事や育児を分担する」というジェンダー役割が成立している社会であり、「男は外、女は内」(男性は仕事、女性は家庭)という性別役割分業型の日本社会とは対極にあります。

中国と日本の架け橋になるという夢を実現するために来日した私ですが、長い日本での生活、特に就職、結婚、出産、育児といったライフイベントの中で、古く根強い性別役割意識に縛られた日本社会における深刻なジェンダー不平等の現実を目の当たりにし、数々のカルチャーショックを身近に体験しました。一方、両国での全く異なる経験は、私の「言語とジェンダー」研究にも大きな影響を与えました。

「言語とジェンダー」は、社会言語学の重要なテーマの一つです。「性差言語」とも言われる日本語は言語の様々なレベルで性差別をもたらしています。私は、当初、言語使用者の性差に注目して、日本語ではなぜ女性と男性が異なる言葉遣いを使うのか、日本人はなぜ自分の性別に応じて社会に規定された人称代名詞や終助詞を使用しなければならないのか、いわゆる日本語の「女性語・男性語」の成立に関する研究からスタートしました。それから、言及された対象の性差に焦点をあて、日本語のことわざ、慣用句や語順の決め方に反映された性差別を研究しました。最近、「日本人の配偶者呼称はなぜ男尊女卑的なのか」という研究に取り組み、日本語に潜むジェンダー・バイアスについて研究しています。

言語は社会を映す鏡のように、その使用者が属する文化や社会の様々な情報を映し出しますが、文化的環境や社会的価値観の変動もまた、言語使用に変化をもたらします。ここ数年、日本社会は確実に変化しています。社会の変化は日本語にも反映されています。例えば、「老婆」、「老女」、「未亡人」、「女医」といった女性に対する差別的な表現は死語となり、「看護婦」、「スチュワーデス」、「保母」は「看護師」、「客室乗務員」、「保育士」に変更されたなど、性差別表現の是正がようやく日本社会に浸透しつつあります。しかし、主従関係を意味する「主人」、「旦那」、「家内」、「嫁」、「女房」など、伝統的な男尊女卑や女性蔑視の意識を反映した配偶者呼称が現在でも使われ続けています。

伝統的な呼称が「本来の意味を失った単なる記号」として使われ続けているように見えるかもしれませんが、「主人・家内」という図式に反映される夫婦関係は、対等な関係ではなく、非対称な上下関係です。このような配偶者呼称を使い続けることは、伝統的な男尊女卑や男性中心の価値観を無意識のうちに維持する危険性があり、女性の社会的地位の向上を妨げます。今後、言語を差別とは無関係なコミュニケーションの道具という言語観から離れ、差別的な考え方が言語に入ってくる可能性があるため、意識的に言語を使う必要があります。言語が社会と相互作用していることは明らかであり、言語表現を意識的に変えていくことが社会の変革に影響を与えることにつながります。「言語とジェンダー」の研究は、ジェンダー平等やダイバシティの推進に貴重な示唆を与えてくれると信じています。


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