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【北海道ブロック】「葉の老化」に始まった道ならし(2025年11月12日掲載) 音声読み上げ


帯広畜産大学 環境農学研究部門 准教授 中林 一美

私は現在一大農業地の十勝で種子休眠と発芽の研究をしています。いろいろなことを思い返してみて、日本国内外のいくつかの研究所と大学で様々な人と関わった経験によって私の研究内容と研究者としてのありようは形作られてきたなぁと、改めて思います。

大学時代に属した研究室の女性教授は実験室で嬉々として顕微鏡をのぞき、目をきらきらさせて私たちに「こんな風になるのよ。すごいでしょう?おもしろいわね」と生理学的な観察を通じてサイエンスの楽しさを教えて下さいました。この先生についたことと3年生から4年生にかけての交換留学でなんでもチャレンジしてみるのが大切だと思った経験が大学院進学をめざしたきっかけでした。大学院は分子生物学を学びたくて別の大学を選択し、葉の老化過程のメカニズムを解析しました。古くなった葉の中の栄養素が個体上部の若芽や花芽にどんどん転流され、次世代を支えたのち枯れ落ちる仕組みをみて良くできているなと感心したものです。その後、理化学研究所に移った時に、その栄養を受け取る側である次世代の種子の発芽の研究に携わりました。それ以来、ドイツの研究所で11年、イギリスの大学で9年、種子休眠と発芽の研究を続け、昨年帰国し今に至ります。

私自身は研究において女性だからと不当な扱いを受けた覚えはありませんが、私が学生だった頃は女性教授の数が少ないことが大きく問題視され始めた時で、西洋に比べて日本は遅れているといった風潮でした。でも、上位職についている女性研究者・教員の数が少ないことが問題になっていたのは日本だけではありません。私がいたドイツの研究所には女性PIは複数いらしたけれど、4人いるディレクターが男性ばかりだと監査委員会からコメントを受けたことがありました。その後、定年退官されたディレクターの後任を選ぶときに素晴らしい女性候補がいて(彼女はその当時在籍していた大学ですでに教授でした)、若手のグループリーダーやポスドクの研究者は彼女が選ばれるだろうと噂をしていました。でも、結局彼女ではない人に決まり、私たち若手研究者が首をひねったこともあります。コミッティーによる選考プロセスでどのようなやり取りがあったのか私たちはあずかり知らず、彼女が断った可能性もあるのですが、ガラスの天井は今でも、ドイツでもあるのかな、と思った出来事でした。

半面、ドイツの研究所でもイギリスの大学でも私の周りにいた女性研究者・教育者たちはそろって「女性の研究者を増やそうという試みはありがたいけれど、女性限定公募はあまりよくないよね」と言っていました。つまり、その職を得られたのは女性だからであって、自身の研究の質や業績が評価されたわけではないという可能性があるのは嬉しくない、ということです。実際、過去に候補者の研究セミナーを聞いたときに学科内の人の多くが、(失礼ながら)ちょっとどうかしら、と思った人が職を得たこともあったとかで、女性なら誰でもいいのではない、という思いが強いとききました。レベルに達していない女性をとることで、「やっぱり女性はだめだ」という評価が下されるのは本末転倒だという話をしたのをよく覚えています。私も女性が不当な評価を受けることがなくなり、職を得る機会が増すのは本当にすばらしいと思う反面、やはり限定公募は逆差別では、と思います。

公平な選考であるためには、育児などによる研究の休止期間への配慮はかかせませんので、そのような部分が制度として改善されてきたことは素直に嬉しく思います。そのうえで、近い将来「女性限定公募」がなくなっていくのが理想かなと考えています。結局、大事なのは、一研究者として自身の研究にプライドを持って良い研究、良い教育をしていくこと。そうすれば、女性の優秀な研究者が女性という属性に関わらず今以上に男性と並んで評価される時が来る、そう思って毎日頑張っています。ドイツでもイギリスでも「日本人は勤勉で緻密な良い仕事をする」と言われたことがあります。そういうイメージがあるのは、先達の日本人が勤勉にしっかりした研究を積み重ねてこられたからです。私もその一端を担えるように、また一女性研究者として良い研究者・教育者であれるよう努め、後に続く方たちの道ならしを少しでもできたらと思っています。


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