【東海・北陸ブロック】“バラツキ”が価値に変わるとき─粉体工学と私の道(2025年12月5日掲載) 音声読み上げなし
名古屋工業大学大学院工学研究科 生命・応用化学類 教授、
東北大学 多元物質科学研究所 教授 高井 千加
私は、“粉体工学”という分野で、粉を作って、その構造や挙動を調べ、機能性材料として使うことを柱にして研究活動をしています。私たちの身の回りには、有機、無機、金属の多様な粉たちが、多様な形状・形態で、多様な機能を発揮して大活躍しています。
私が「研究って面白い!」と心から思えるようになったのは、つい最近のこと。これまでの紆余曲折は、粉体工学会誌に掲載した記事(※1)にまとめていますので、ご興味ありましたらご覧ください。
学部では有機系、博士前期課程から無機系の研究室に所属し、有機・無機のアプローチの違いを経験できたことは貴重でした。異なる考え方に触れること自体が“多様性に出会う訓練”だったのだと思います。
博士取得後は、大阪の企業に就職。世間話でも“オチ”を求められる大阪での3年間は、今でも応援してくださる仲間に恵まれた大切な時間でした。上司の勧めで日本粉体工業技術協会の編集委員となり、産学のネットワークが広がったのも大きな財産です。
退職後、大学でポスドクとして研究を続けるなかで結婚・出産を経験しました。35歳で授かった息子はどんどん成長し、「将来爬虫類博士になる。かぁかは将来なにになるの?」と言われたとき、私はハッとしました。「私は私の将来を考えなきゃ」と。
その頃、私は日本学術振興会(JSPS)特別研究員RPDに採択され、若手研究者交流事業という留学案内が届きました。思い切って外の世界を見てみよう——そう決意し、渡航先はスイスの材料試験研究所(Empa)に決定。単身で挑戦しました。家族の支えには今でも感謝しています。
Empaでの日々は衝撃の連続。研究所に来たらコーヒー、戻ったらランチ、時にはバドミントンをして、またコーヒー……。「いつ研究しているの?」と思うのに、皆しっかり成果を出している。よく観察すると、何気ない会話の中に小さなディスカッションがあり、研究が日常の延長にありました。
働き方も多様でした。共通しているのは、自分の“やりたい気持ち”を大切にすること。だから他者との違いを受け入れる心が整い、密なディスカッションが自然に生まれる。これは多様性社会を作る基礎だと思いました。
帰国前、「私はどうしたいのか」と改めて自身に問うたとき、「“自分らしい研究者”になりたい。その場所は大学しかない」——そう確信しました。
39歳で文部科学省卓越研究員事業に挑戦し、帰国後、岐阜大学のテニュア・トラック助教として研究者人生が本格的にスタートしました。
赴任後すぐコロナ禍となり、自宅で過ごす時間が増えました。趣味のカブトムシの幼虫の糞を見ながら夫と「形に雌雄差あるかな」と話し、夫が始めていた機械学習で分析すると、個体差(バラツキ)の中にも雌雄差があることが分かりました(※2)。
こうして身近な対象が研究につながる面白さを実感したとき、ふと自分自身の歩みを振り返れば、のんびり屋で “凸凹研究者だな”と思うことがあります。でも、その凸凹があったからこそ、有機と無機、企業と大学、子育てと研究……と、さまざまな世界に触れ、違いの面白さを知ることができた。自然界の粉体がどれひとつとして同じでないように、研究者のキャリアにも“バラツキ”があってもいい。そのバラツキを受け入れて進むことが、今の私の強みになっています。
カブトムシに限らず自然界を見渡せば、大きなバラツキを持った多様な粉体であふれています。自然は“不均一さ”を合理的に活かし循環している。まさに自然は粉体工学の達人です。
人工的に粉体を作っても、必ず何らかのバラツキが生じます。私は、そのバラツキこそが情報であり、材料設計のヒントになると考えています。“不均一さ”をデータとして読み解くことで、むしろ新しい価値が生まれるのではないかと。
多様性そのものが力になる──それが粉体工学の魅力です。私はこれからも、粉体が持つ多様性と向き合いながら、面白い技術へとつなげていきたい。そして粉体工学の楽しさに共感してくれる仲間が増えることを願っています。
※1 「のんびり屋のかーちゃん,研究者を目指す」(粉体工学会誌)
https://www.sptj.jp/assets/doc/activities/diversity/article_61-01.pdf
※2 機械学習を用いてカブトムシ幼虫糞の形状から雌雄分類をした論文
Chika Takai-Yamashita, Seiji Yamashita et al., Sex determination of Japanese rhinoceros beetles,
Trypoxylus dichotomus (Coleoptera: Scarabaeidae), based on their dropping shape, Advanced
Powder Technology, Volume 33, Issue 5, May 2022, 103552
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