【東北ブロック】選択のたびに「道が狭まる」と感じていた私へ ― 人生に無駄な経験は何ひとつない ―(2026年1月8日掲載) 音声読み上げ
一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 准教授 木村 寛恵
これまでの道のりを振り返ると、私の人生の転機はいつも「進路の選択」と共にありました。学生だった頃、進路を選ぶたびに抱いていたのは、「選択を重ねるほど、自分の進むべき道がどんどん狭くなっていく」という少しの不安を伴う感覚でした。
最初の選択は、中学卒業後の高専進学でした。化学工学科を選び、大学への編入学を決めたことで、「工学」「化学」という軸が定まりました。さらに大学院へ進むと、専門は「無機化学」「分析化学」へと絞られていきます。幼い頃、“大人になれば何にでもなれる”と360度広がる未来を想像していた頃に比べると、専門性を深めるほど一本の細い道に向かっているように感じていたのです。
しかし社会に出て、その感覚は誤解だったと気づかされました。一見、狭めたように見えた道が、実社会ではむしろ自分を支える「唯一無二の武器」になっていたのです。
修士課程修了後に就職した三洋電機のLSI事業部では、半導体は未経験で不安がありました。ところが、配属されたエッチング工程の研究部門では、驚くほど化学の知識が求められました。大学院で積み重ねた化学や分析の視点があったからこそ、微細加工で起きる現象を理解し、課題に向き合うことができました。「化学しか知らない」という不安は、「化学を知っているからこそ貢献できる」という確かな自信に変わっていきました。
その後、産業技術総合研究所に移り、出産・産休を経て、カーボンナノチューブの研究に携わりました。企業での実務を経験してから研究に戻ったことで、学生時代には十分に意識できていなかった「社会への還元」をより深く考えるようになりました。高専で培った現場感や実践力は、素材の高品位化だけでなく、「高効率・低コスト・量産化」といった実用化の課題に挑むうえで大きな力となりました。
2011年には、当時の上司から博士課程進学を勧められました。しかしその頃、夫は単身赴任中で、私はまさに“ワンオペ育児”の真っ最中。研究・仕事・育児の三立が可能なのか葛藤しました。それでも「今しかできない “自分のための挑戦”をしたい」という思いが勝り、周囲の助けを借りながら研究に向き合いました。この時期は、時間管理や優先順位の付け方、助けを求める勇気など、多くの学びをもたらしました。博士(工学)の学位を取得したタイミングで、母校・一関高専での女性教員公募を知り、教員としての道を歩み始めました。
現在は、これまでの経験すべてを活かして教育・校務に携わっています。授業に加え、広報室長、ダイバーシティ推進委員会委員長、教務主事補など多くの業務を兼務していますが、これらはすべて相互に結びついています。企業時代のネットワークは地域連携に、研究者として培った論理的発信力は広報に、そして育児と研究を両立させた経験はダイバーシティ推進の説得力に繋がっています。

次世代へ理工系の魅力を伝えるSTEAM-niticの活動(右端の【M】が筆者)
2024年から顧問を務める女子学生団体「STEAM-nitic」では、学生が地域で科学の魅力を伝える活動を行っています。自信をもって専門を語り、輝く表情で活動する学生たちの姿を見るたびに、私はかつての自分に伝えたくなります。「今あなたが深めている専門性は、必ず誰かを笑顔にし、あなた自身を支える力になる」と。
「自分の進む道が狭まっている」と感じている学生の皆さんへ。
専門を極めることは世界を狭めるのではなく、自分だけの確かな足場を築くことです。足場が固まれば、そこからの景色は驚くほど広がります。点のように見えていた経験がつながり、人生を形づくる「面」になる日が必ず訪れます。
そしてどうか、恐れずに色々なことに挑戦してください。挑戦しなければ何も変わりません(±ゼロ)が、勇気をもって踏み出した経験は、たとえ思うような結果にならなかったとしても、あなたを支える確かな「経験値(プラス)」となります。人生に無駄な経験など、何ひとつないのです。
全国ダイバーシティネットワーク