【近畿ブロック】開かれたケアについて考える(2026年6月15日掲載) 音声読み上げなし
京都女子大学現代社会学部 現代社会学科 教授 佐藤 若菜
私は現在、大学で文化人類学や社会調査の授業を担当しています。10年前に博士課程を修了し、大学に就職しました。6年前に同じく大学教員である夫と結婚し、コロナ禍での妊娠・出産を経験しました。妊娠がわかった頃には、リモートワークとオンライン授業がすでに主流となっており、長い間悪阻で伏せっていましたが、休みを取りながら業務を継続していました。出産時は、私が産前産後休業と育児休業あわせて8ヶ月間仕事を休み、職場復帰後は、夫が約半年間の育児休業に入りました。子供が生後7ヶ月のときに職場に戻り、忙しくはありましたが、夫が育児・家事を主に担っていたことと、同僚からのサポートもあって、研究を少しずつ再開することができました。子供が2歳になった頃から、海外での調査や発表もできるようになり、現在では少しずつ自分の時間を持てるようになっています。
出産後の5年間を振り返り思うのは、子育てはとても楽しいが、一人での育児はつらいということです。コロナ禍での妊娠・出産ということもあり、産休・育休中は夫と産婦人科の方々とのやりとりを除けば、子供と2人きりの時間が長く続きました。子育ての楽しさは、子供と関わることだけでなく、子供の成長について他の大人と逐一話し合うことにあると思います。現在は、私と夫、保育士の先生方が子育ての中心となりながら、私の父母と妹、私と夫の友人が時折子供を見てくれることで、我が子の成長を皆で共有できることが嬉しいです。育児を通じて、これまで関わることのなかった職種・年齢の方々と話ができるのも喜びの一つです。これらの関係のなかで子育ての悩みを相談したら、思いもよらなかった解決策や考え方を教えてもらったということがよくありました。子育てにおいて困難を感じるたびに、保育士の方々、習い事の先生、職場の同僚、研究仲間、旧友、パパ友・ママ友、隣人、家族に話を聞くことで、私が抱えている問題は決して特有のものではなく、多くの人々が経てきたことであり、それには対処方法があることを教わりました。
また、5年間を振り返ると、私の母や母方の祖母の人生について考える時間が増えたように思います。彼女たちには仕事と育児の経験があり、各時代背景のなかで起きた出来事や思いを、私によく話していました。例えば、家事・育児に全く関与しない夫への深い恨み、一人で何もかもしなければいけない絶望感、子育てと働くことの悦び、仕事を失ったときの喪失感と身体への影響など、これらの具体的なエピソードが、より現実味を帯びて蘇ってくるようになりました。祖母や母の時代に比べれば、法制度も社会の雰囲気も大きく変わっており、私も同じような経験をしたとは到底言えないのですが、彼女たちの人生の一部を内面化し、ときに嫌悪・慨嘆していました。それは、具体的な経験ではなく、「思い通りにならない」焦燥感や「取り残された」という孤独感に強く共感するからではないかと考えています。夫も育休時には、同じ思いを抱えていたようです。一見、一人でできるように思えることも、実際には一人ですべてを抱えるにはつらすぎることがあるのだと感じました。
私の調査地(中国貴州省の農村)においても、類似の感情を抱える人がいました。それは、介護を担う人たちです。とある70代の男性は、妻に先立たれ、ベッドで寝たきり生活となっていました。4人の息子はいずれも村外で仕事をし、4人の娘は村外の男性と結婚して移住していました。この年配男性に同居家族はおらず、最も近くに住んでいる三女が通いながら介護をし、息子たちが彼女にお金を支払っていました。三女が介護を引き受けるにあたっては、三男が彼女の息子の就職先の面倒をみると約束したそうです。非常に合理的な選択をしたように思えましたが、その後三女の不満は募り、他の兄弟姉妹に協力を仰ぐも断られ、三男からは介護を放棄するなら息子の仕事の支援をしないとまで言われ、為す術のない状況に苦しんでいました。
育児にあたっては、こなすことばかりに力を注いでしまいがちですが、効率的で合理的な選択の積み重ねは、しばしば孤立を生み出し、人の心を蝕むことさえあるように思います。育児6年目は、できることなら、分かち合う時間をもっと増やしていきたい、そう願っています。
全国ダイバーシティネットワーク